31.令嬢の憂い
港町というだけあって、漁港近くの通りは新鮮な魚を売っている市場が賑やか。潮の匂いと生臭い魚の匂いが混じったこの空間には乙女の姿はあんまりない。残念。
ラプちゃんは市場の方に行って、生け捕りにされて凍らされてる魚を見てる。
「……これ、四尾ください」
「嬢ちゃん、混沌魚は素人が調理するには難しいぞ。捌き方を間違えると味が格段に落ちて食えたもんじゃなくなる」
「……知ってる。ここと、ここの内臓に毒がある」
「ほう。混沌魚の毒を知っているのか」
「……親がよく捌いてたから教えてもらった」
「いい親だな。よし、じゃあ少しサービスして銀貨6枚にしてやろう」
「……ありがとう」
「お。そいつはパンドラボックスか? 小さいのにそいつを扱っているとは驚いた。それに魔人はもっと偏屈だと思ってたが嬢ちゃんは違いそうだ。よし、さらに負けて銀貨4枚にしてやろう!」
何やらラプちゃんが市場のおじさん相手に凄まじい値引きをさせています。
「フェネ。ラプちゃんを見てください。すごくないですか?」
「確かに混沌魚を捌けるのはすごい」
そこじゃなーい。
「モノコ、見ましたか?」
「ええ。素晴らしい交渉でしたわ」
だからちがーう。あんなに小さい子が頑張ってる姿が尊いって誰も思わないの? 私がおかしいの?
ラプちゃんが戻って来た。
「……おまたせ」
「お帰りなさい。ラプちゃんの勇姿、しかと収めました」
「……子供のおつかいじゃない」
そしてこの素っ気なさ。年頃の子は難しい。そういえば魔人の年齢って見た目通りなのかな。もしかして実は年上とか? だからこんなにツンツンだったり? 聞きたいけど聞いたら嫌われそうで怖くて聞けない……。
市場には魚以外の食べ物も色々売っていたのでラプちゃんが見事な主婦力を発揮して買い揃えてくれた。しかも小さい見た目のせいか、結構色んな人がおまけや値引きしてくれているのも目撃。この町は私が布教するまでもないのかもしれない。
「色々買ったけどラプス大丈夫?」
「……大丈夫」
フェネが何やら心配しています。
「お金は百合信仰旅団の財布から引いてください」
「……それしかお金ないし」
あれ、フェネはお金を心配して言ったのでは? それとも私だけ塩対応?
「パンドラボックスの中身は常に管理して覚えておかないといけない。万一ギルド協会などに中の所在を問われて正確に答えられなければ罰則がある」
なにそれ厳しくない? いくら百合の花を密輸したからってそこまでしなくてもいいと思う。
「……大丈夫。全部頭に入ってる」
「そうですの? 店を出てから色々出し入れしていたと思います」
「……全部覚えてる」
するとラプちゃんがさっき買った食料から、自分のお店で入れたもの、さらにそこから売り捌いた物にお金が増減したのも含めて全部すらすら答えてびっくりした。私なんてさっき買った物をもう忘れたのに。乙女の言葉だったら逐一で覚えるんだけどなぁ。
「恐れ入りました。貴方はボーッとしているように見えて色々考えているタイプですのね」
「……言葉にするのが面倒くさいだけ」
ラプちゃんが照れくさそうにそっぽ向いててかわいい。
「そうだね。色々考えているように見えて何も考えていない人もいるし」
フェネが何か言ってるけど私じゃない。だっていつも乙女のことを考えているんだから。
夜。今日は町の宿で泊まるって決めてたから部屋を借りた。今回はベッド4つの部屋があったみたいでそれに強行された。私はどうしてもダブルがいいって言ったけど多数決に負ける。悲しい。
ラプちゃんが料理の準備をし始めて、フェネが手伝う。相変わらず私とモノコは戦力外通告。
「わたくし、少し外の空気を吸ってきます」
なんて言って静かに出て行った。その背中がどこか哀愁に漂っていたように感じて、自然と私も後を追う。
外は真っ暗とまではいかないけど、薄暗さと静寂に包まれていた。街灯がどこか儚く通りを照らしている。モノコは岸壁に歩いて行って海を眺めていた。近くに明かりがないけど、お嬢様特有のオーラのせいか妙に存在感ある。
モノコはただぼうっと海を見てるだけだった。いや、海と言うより水平線の向こう?
これはまさかの本当に逢引き……? なんて思って見守っていたけど耳を澄ませても誰かが来る気配はない。
とりあえず近づいてみる。
「故郷を思い出していたです?」
「ヴィヴィさん。いえ、お構いなく。すぐに戻りますので」
なんとなくそれが気遣ってくれているだけというのは分かる。
「家のことですか?」
あまり聞いてはいけないんだろうけど、つい口に出てた。
モノコはゆっくり頷いた。
「……屋敷を出て随分長いと、そう思っていました」
「ホームシックです?」
「それは誓ってありません。あそこに私の自由はありませんから。ただ……」
「ただ?」
「わたくし、このまま皆さんといると迷惑になるのではないかと考えていました。お父様が動いているとなると、もしもの時みなさんにあらぬ疑いがかけられると思ったのです」
確かお父さんが人界の権力者だっけ? 前にフェネが言っていた言葉を思い出す。モノコを連れていたら私達が誘拐犯だって思われて処罰されるかもって。モノコはそれを心配しているのかも。
「わたくしはいずれあそこへ帰らねばならぬと、そう思っていました」
その言葉に感情はなく淡々としていた。それに相槌するみたいに波の音だけが響く。
「実は私、大天使と喧嘩して天界を追われているんですよね。だから私の心配なら問題ないです」
今更追手の一人や二人増えた程度どうってことはない。
「ふふ。フェネさんやラプスさんが聞いたら呆れますわ」
「あの二人も知っていて付いてきてくれています。フェネは最初からそのことを懸念していましたし、ラプちゃんも色々考えてくれていると思います」
フェネもラプちゃんも言葉が強くなる時があるけど、きっとそれは本心じゃなくて本気で心配しているだけ……だと思う。
「本当に嫌なら皆すぐに出て行ってます。だからモノコも気負わなくていいですよ。百合信仰旅団の一員として、ここもモノコの居場所です」
「きっと、貴方に頼めば全てから守ってくれるのでしょうね」
「もちろんです。乙女の不幸は絶対に望みませんから」
「……それでも貴方に頼っているだけではいけない。いつか向き合う日が来るでしょう」
モノコはずっと海の向こうを眺めたままだった。多分私にはモノコが背負ってるものの大きさを分かり切れていないと思う。それでも、私は……。
モノコの手を引いた。その手はすごく冷たかった。
「宿に戻りましょう。早くしないとまたフェネに怒られます。ラプちゃんの出来立ての料理を食べたら大抵の悩みは吹き飛びます」
「やはり貴方は尊敬しますわ。ヴィヴィさん」
暗闇の中で見せてくれたモノコの笑顔が何よりも輝いていて思わず失神しそうになりました。




