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第9話:プロポーズ


十九歳の春、リナの人生に大きな転機が訪れた。セドリックとの交際が始まって半年、二人の関係は誰の目にも明らかな恋人同士として宮廷内で認知されていた。


「リナ様、お疲れ様でした」


医療棟での一日の業務を終えたリナを、セドリックが迎えに来ていた。最近では、こうして仕事帰りに待っていてくれることが日常となっていた。


「セドリック様、今日もありがとうございます」


「何度も言いますが、そんなに堅苦しくしなくても」


セドリックの苦笑いに、リナは照れ笑いを浮かべた。


「でも、やっぱり騎士様ですから」


「僕にとって、あなたは特別な人です」


真剣な眼差しで告げられた言葉に、リナの頬が赤く染まった。


宮廷庭園を並んで歩く二人の姿は、すでに多くの人々に祝福されていた。身分の違いを乗り越えた純愛として、宮廷内でも話題になっていた。


「今日は、特別な場所にお連れしたいところがあります」


「特別な場所?」


セドリックは微笑みながら、庭園の奥へとリナを案内した。そこは宮廷でも人目につかない静かな場所で、美しい薔薇の花々が咲き誇る秘密の花園だった。


「きれい……」


リナは息を呑んだ。夕陽に照らされた薔薇たちが、まるで宝石のように輝いている。


「この場所を知っているのは、僕だけです」


「どうしてここを?」


「騎士になったばかりの頃、一人でよく来ていました」


セドリックの表情が懐かしそうになった。


「故郷を離れて寂しい時、この花たちに慰められていました」


二人は花園の中央にあるベンチに腰を下ろした。辺りには薔薇の甘い香りが漂い、鳥たちのさえずりが聞こえている。


「リナ様」


セドリックが急に改まった口調になった。


「はい」


「あなたと出会ってから、毎日が輝いて見えます」


リナの心臓が激しく鼓動し始めた。セドリックの表情が、いつになく真剣だった。


「あなたは僕にとって、かけがえのない人です」


「私も……」


「あなたの優しさ、聡明さ、そして人を救おうとする純粋な心に、僕は心から惹かれています」


セドリックはベンチから立ち上がると、リナの前にひざまずいた。


「えっ?」


「リナ=ヴァルメリア様」


セドリックが懐から小さな箱を取り出した。中には、控えめだが美しい銀の指輪が入っていた。


「僕と結婚してください」


リナの目に涙が浮かんだ。頭が真っ白になり、言葉が出てこない。


「僕は騎士として、あなたを一生守り抜くことを誓います」


「セドリック様……」


「身分の違いがあることは分かっています。でも、それでも僕は……」


「はい」


小さく、しかしはっきりと答えたリナの声に、セドリックの表情が驚きに変わった。


「はい?」


「はい、お受けします」


涙を流しながら微笑むリナの姿に、セドリックの顔が歓喜に輝いた。


「本当ですか?」


「本当です」


セドリックは震える手で指輪をリナの薬指にはめた。サイズはぴったりで、まるで運命で結ばれていることを示しているかのようだった。


「ありがとう、リナ」


初めて名前を呼び捨てにしたセドリックに、リナは幸福感で胸が溢れそうになった。


「こちらこそ、ありがとうございます」


二人は静かに抱き合った。薔薇の香りに包まれながら、永遠にも思える時間を過ごした。


「でも、大丈夫でしょうか」


ふと現実に戻ったリナが不安を口にした。


「身分の違いのことですか?」


「はい。私は農家の出身で……」


「そんなことは関係ありません」


セドリックが力強く言い切った。


「あなたは王国第二位の錬金術師です。誰にも後ろ指を指される理由はありません」


「でも、宮廷の皆様は……」


「確かに反対する人もいるでしょう」


セドリックは正直に認めた。


「でも、僕たちの愛は本物です。それが一番大切なことです」


リナの不安を察したセドリックは、優しく彼女の手を握った。


「一緒なら、どんな困難も乗り越えられます」


「はい」


夕陽が沈みかける頃、二人は花園を後にした。手を繋いで歩く姿は、周囲の人々にも二人の関係の変化を告げていた。


「指輪が……」


「あ」


気づいた何人かの宮廷関係者が、驚きの表情を浮かべている。


「おめでとうございます」


通りすがりの侍女が祝福の言葉をかけてくれた。


「ありがとうございます」


リナとセドリックは笑顔で応えた。


しかし、全ての反応が好意的ではなかった。貴族の一群が、明らかに不快そうな表情を浮かべているのが見えた。


「農民上がりが騎士様と結婚だって」


「身分違いもいいところね」


陰口が聞こえてきたが、セドリックがリナの手を強く握った。


「気にしないで」


その夜、宿舎に戻ったリナは、指輪を見つめながら幸福感に浸っていた。


「お祖母様、私、結婚することになりました」


窓の外の星空に向かって報告した。きっと祖母も、天国で喜んでくれているだろう。


一方、同じ頃ヴィクトル師匠のもとにも婚約の知らせが届いていた。


「リナが結婚、か」


師匠は複雑な表情を浮かべていた。弟子の幸福を願う気持ちと、これから訪れるであろう困難への懸念が入り混じっていた。


「政治的な影響は避けられまい」


宮廷では、身分違いの結婚は常に政治的な意味を持つ。特に、王国第二位の錬金術師ともなれば、多方面への影響は計り知れない。


「リナよ、お前の選択が正しいことを祈る」


師匠の呟きは、夜の静寂に消えていった。


翌朝、婚約の知らせは宮廷中に広まっていた。祝福する者もいれば、反対する者もいる。しかし、当の本人たちは、お互いへの愛情を確信していた。


「今日から、正式に婚約者ですね」


「はい」


朝の陽射しを浴びながら、リナとセドリックは未来への希望を抱いていた。まだ二人は知らない。この幸福な時間が、やがて試練の連続となることを。しかし今は、ただ純粋な愛情に包まれていた。


十九歳の春、リナの人生に転機が始まった。錬金術師として、そして女性として、彼女の物語はさらに複雑で豊かなものになっていく。

二人の愛が、どんな運命をもたらすのか。その答えは、まだ遠い未来にあった。

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