第7話:恋の予感
セドリックとの出会いから一週間が過ぎた頃、リナのもとに一通の手紙が届いた。宮廷騎士の紋章が押された上質な便箋に、丁寧な文字で食事の誘いが記されていた。
「明日の午後、宮廷庭園の茶房でお会いできればと思います」
手紙を読み返すリナの頬は、自然と赤く染まっていた。
「どうしたんですか、リナ」
同僚の錬金術師が声をかけてきた。
「いえ、何でも……」
慌てて手紙を隠すリナの様子に、周囲の視線が集まった。
「もしかして、恋文ですか?」
「そんなことは……」
否定しようとしたが、表情が全てを物語っていた。
翌日の午後、リナは生まれて初めて私服で宮廷を歩いていた。淡い青色のドレスは、故郷から持参した数少ない正装だった。
宮廷庭園の茶房は、貴族たちの社交場として知られている場所だった。美しい花々に囲まれたテラス席で、セドリックが待っていた。
「リナ様、お美しい」
立ち上がって迎えるセドリックの言葉に、リナは困惑した。
「そんな、私なんて……」
「いえ、本当です」
セドリックが椅子を引いてくれる紳士的な振る舞いに、リナの心は騒いだ。農家育ちの自分には、こうした作法は慣れないものだった。
「ありがとうございます」
「お怪我の方はいかがですか?」
「おかげさまで、すっかり治りました」
セドリックは包帯の巻かれた左腕を見せた。
「リナ様の治療のおかげです」
「そんな、当然のことを……」
給仕が運んできた紅茶の香りが、二人の間に漂った。上品なカップを手に取りながら、リナは緊張で手が震えるのを必死に隠していた。
「錬金術師になられたきっかけは?」
セドリックの質問に、リナは故郷での思い出を語り始めた。
「祖母が薬草師をしていて、小さい頃から手伝いをしていました」
「素晴らしいお祖母様だったんですね」
「はい。人を救うことの大切さを教えてくれました」
リナの表情が柔らかくなった。故郷への愛情が言葉の端々に現れている。
「僕も似たような理由で騎士になりました」
「と言いますと?」
「父が村を守る騎士だったんです。幼い頃、父の背中を見て育ちました」
セドリックの瞳に、誇らしげな光が宿った。
「人を守りたい気持ちは同じですね」
「そうですね」
二人の間に、理解し合える何かが芽生えていた。
「リナ様は、どんな治療が一番やりがいを感じますか?」
「難しい病気を治せた時でしょうか。患者さんが元気になって、感謝してくださる瞬間が……」
リナの表情が輝いた。医療への情熱が言葉となって溢れ出している。
「素晴らしい」
セドリックの率直な賞賛に、リナは照れ笑いを浮かべた。
「セドリック様は、騎士として何を大切にされていますか?」
「正義と誠実さです」
迷うことなく答えるセドリックの姿に、リナは心を打たれた。
「宮廷には、様々な人がいます。中には保身ばかり考える人も。でも、僕は常に正しいと思うことを貫きたい」
その時、隣のテーブルから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あれは錬金術師のリナではないか」
振り返ると、宮廷の貴族たちがこちらを見ている。その中に、マルセルの姿もあった。
「農民上がりが騎士様とお食事とは、身の程知らずね」
貴族の女性の嘲笑が耳に刺さった。
「気になさらないでください」
セドリックが優しく声をかけた。
「出自など関係ありません。あなたは立派な錬金術師です」
「でも、皆さんの仰る通りです」
リナの声が小さくなった。
「私は農家の出身で、貴族の方々とは……」
「そんなことはありません」
セドリックが身を乗り出した。
「僕も騎士になる前は、地方の小さな村の出身です」
「えっ?」
「血筋ではなく、実力で這い上がったんです。あなたと同じように」
セドリックの言葉に、リナの心が軽くなった。
「だから、堂々としていてください。あなたは自分の力で今の地位を築いた」
「ありがとうございます」
午後の陽射しが二人を包む中、会話は尽きることがなかった。医術や騎士道について、故郷の思い出について、そして将来の夢について。
「時間を忘れてしまいました」
気がつくと、夕方の鐘が響いていた。
「楽しい時間でした」
「僕もです」
立ち上がるセドリックと並んで歩きながら、リナは胸の高鳴りを感じていた。
「また、お時間のある時にお会いできれば」
「はい、ぜひ」
茶房の出口で別れ際、セドリックが振り返った。
「リナ様」
「はい?」
「あなたは素晴らしい女性です。どうか自信を持ってください」
その言葉を胸に、リナは宿舎への道を歩いた。夕焼け空が、いつもより美しく見えた。
部屋に戻ると、鏡に映る自分の顔が赤らんでいるのに気づいた。
「これが、恋なのかしら」
呟く声は、希望に満ちていた。農家出身の錬金術師と宮廷騎士。身分の違いはあったが、お互いを理解し合える何かがあった。
窓の外に広がる星空を眺めながら、リナは祖母のことを思った。
「お祖母様、私、素敵な人に出会いました」
静かな夜に響く少女の声は、幸福感に包まれていた。この出会いが、やがて彼女の人生を大きく変えることになるとも知らずに。
恋の芽生えは、十八歳のリナに新たな輝きをもたらしていた。明日からも医療棟での仕事が続くが、今日の記憶が心を温め続けるだろう。
セドリックとの関係は、これから徐々に深まっていく。二人の運命は、まだ始まったばかりだった。




