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第2話:才能の芽吹き

翌朝の工房は、朝靄に包まれた王都の街並みを見下ろしていた。リナは他の見習いたちより早く到着し、昨日使った実験台を静かに整理していた。


「おや、もう来ているのか」


背後からヴィクトルの声が響く。振り返ると、師匠は意外そうな表情を浮かべていた。


「はい。早起きは慣れているので」


「農家育ちの利点だな」


皮肉めいた言葉だったが、ヴィクトルの口調に悪意はなかった。


「今日は基礎的な調合を行う。まずは簡単な解熱薬からだ」


他の見習いたちが三々五々と集まってくる中、ヴィクトルは黒板に薬草の名前と分量を書き記していく。


「『白柳の樹皮』『月見草の花弁』『清水』。この三つを正確な比率で混ぜ合わせ、魔力で結合させよ」


マルセルが自信満々に手を挙げた。


「師匠、比率は三対二対五ですね」


「正解だ。では実際にやってみろ」


見習いたちが一斉に作業を始める。リナも慎重に薬草を計量していたが、ふと手を止めた。


「あの、師匠」


「なんだ」


「この白柳の樹皮、少し古くありませんか?」


工房が静まり返った。ヴィクトルの眉がぴくりと動く。


「どういう意味だ」


「樹皮の表面が僅かに変色しています。それに、触感が通常より硬い。採取から時間が経つと、薬効成分が減衰するはずです」


リナは樹皮の欠片を指先で撫でながら説明した。


「もし古い材料を使うなら、分量を少し増やした方が……」


「貴様」


ヴィクトルの声が低く響いた。リナの背筋に冷たいものが走る。


「どこでそんな知識を得た」


「祖母が……よく言っていました。薬草は生き物だから、時間と共に変わっていくって」


師匠は無言でリナの前に歩み寄ると、問題の樹皮を手に取った。じっと観察し、鼻に近づけて匂いを確かめる。


「……確かに、通常より古い」


見習いたちの間に、どよめきが起こった。


「何故気づいた。この程度の劣化など、熟練者でも見抜くのは困難だ」


「分からないんです。でも、何となく……違和感があって」


リナ自身、その能力の正体を理解していなかった。ただ、薬草や鉱物を見た時に、その状態が直感的に分かってしまうのだ。


「何となく、か」


ヴィクトルは興味深そうにリナを見つめた。


「では、この魔力石の状態はどうだ」


差し出された紫色の結晶を受け取ったリナは、目を閉じて集中した。


「内部に微細な亀裂があります。魔力の流れが不安定で、調合に使うと失敗する可能性が高い」


「正確だ」


今度は賞賛の響きがあった。


「『直感鑑定』。極めて稀な才能だ。百人に一人もいない」


マルセルの表情が歪んだ。昨日から始まった屈辱が、彼の内に暗い感情を育てていく。


「そんな便利な能力があるなら、誰でも錬金術師になれますね」


嫌味たっぷりの声に、リナは困惑した。


「そんなことは……」


「マルセル」


ヴィクトルの一睨みで、少年は口を閉じた。


「才能に嫉妬する暇があるなら、己の技術を磨け。リナの鑑定能力は確かに特殊だが、それだけでは錬金術師にはなれん」


「はい」


マルセルは表面的に従ったが、その瞳に宿る敵意は消えなかった。


午後の実習では、リナの能力がさらに発揮された。他の見習いが苦戦する中、彼女だけは材料の選別から調合まで、まるで長年の経験があるかのように滑らかにこなしていく。


「完成です」


リナが差し出した解熱薬は、美しい琥珀色に輝いていた。


「品質を確認する」


ヴィクトルが魔力を込めて鑑定すると、その表情に驚きが浮かんだ。


「純度九十二パーセント。見習いの作品としては異常なほど高い」


他の見習いたちの薬は、せいぜい六十から七十パーセント。リナの才能の突出ぶりが、数字となって現れていた。


「どうやって作ったんだ?」


同じ見習いの少女が、興味深そうに尋ねた。


「特別なことは……ただ、材料の声を聞くように心がけて」


「材料の声?」


「薬草にも鉱物にも、それぞれ個性があるんです。その個性を理解して、一番良い状態で組み合わせてあげると……」


リナの説明を聞きながら、ヴィクトルは内心で唸っていた。この少女の才能は、単なる鑑定能力を超えている。まるで自然そのものと対話しているかのような、神秘的な力を感じる。


夕方、見習いたちが帰った後、ヴィクトルは一人工房に残っていた。


「十五歳でこの才能……いったい何者だ」


彼の脳裏に、古い伝承が蘇った。『自然と共鳴する者』。伝説の錬金術師が持っていたとされる、失われた能力。


「まさか、そんな古い血筋が残っているとでも」


呟きながら、ヴィクトルはリナの推薦状を再び読み返した。そこには、彼女の出自について詳しい記述はない。ただ、薬草師の祖母に育てられたとだけ記されていた。


工房の窓から見える王都の夜景が、いつもより美しく見えた。新たな才能との出会いに、長年錬金術を極めてきた男の心にも、久々に興奮が宿っていた。


一方、宿舎に戻ったリナは、窓辺で故郷の夜空を思い出していた。


「お祖母様、私、ちゃんとやっていけるでしょうか」


星々に向かって呟く少女の姿は、まだあどけなく、しかし確かな意志の強さを秘めていた。明日もまた、新しい学びが待っている。王国最高峰の錬金術を身に着けるため、リナの長い修業が本格的に始まろうとしていた。


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