青空
「想像力の時間だ!」
国語の渡は、相変わらず、ヒステリックに声を荒げて、そう言った。
元々、真面目な生徒の多いクラスである。ただでさえ、静かだというのに、彼の一声で、教室は音のない空間と化した。
渡の黒い丸眼鏡の奥に構える、丸い黒目が、教室中を見渡す。
そして一人の生徒を発見すると、彼女を凝視して、こう言った。
「お前は、空を飛べるか!」
彼女は、生徒会長も務める、才色兼備の田中さんで、渡のどう対峙すればよいのか分からない、怪物のような質問を受けても、凛とした姿勢を崩さない。
「私は、ツバメです」
「よろしい!」
渡は、あくまで、黒目を丸くしながら、そう言うと、頬が揺れるほど、力強く頷いた。
次のターゲットは、高橋だった。
「お前は、愛に溺れるか!」
高橋は、いつも通り、机に突っ伏している。なにも、机の落書きを隠しているわけではない。午後の授業は、夜勤の彼にとって、貴重な睡眠時間なのである。たとえ、渡の授業であろうと、彼のルーティーンを曲げることはできない。
しかし、渡は黒板に頭をぶつけても、黒板のほうに傷がつくような石頭だから、そういう僕たちにとっては、常識であるものが通じないのである。
「愛に溺れるのか!」
渡は、ただでさえ、隣の教室に漏れ出るような、大きな声を出しているのに、さらに声を張り上げて、もう一度、問いかけた。
犬山先生が、渡の胸ぐらを掴みかかりに来るのを見るには、もう一回、同じ声量のものが必要だ。
幸いなことに、高橋は起きる素振りを見せなかった。
渡は、あくまで、黒目を丸くしながら、高橋の席に、一歩ずつ、歩み寄った。右手に、赤いボールペンを握らせて。
「お前……」
高橋の席の前で立ち止まると、渡は静かにそう言った。
そして、窓の外を見ながら、独り言のように、こう言うのだった。
「腐っても教師というものが、夢見る少年を邪魔しちゃいけないよな」
火曜日の国語の授業は、いつもより早めに終わった。