大きな息子ちゃん
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重苦しささえ覚えるような重厚な門構え、それがグリッド・モンユグレ公爵邸であった。ここに暮らすのは、当主グリッド、妻、長男夫婦、そして孫息子二人。次男は騎士爵を取り騎士として、三男は文官として王宮に勤めている。
基本データを思い浮かべながら、フィーリアは訪問の旨を出迎えた執事に伝えた。
執事の案内で通された応接室は、これまた重厚な内装。壁には実際に戦争で使われた物なのか、いくつもの武器が飾られている。
出された紅茶がすっかり冷めきった頃に、ようやく当主のグリッドがやって来た。
立ち上がり、完璧なカーテシーをするフィーリア。
「初めまして。イヴァン・ダーウィング男爵が五子、フィーリア・ダーウィングにございます。」
父ブランドンとも弟パーシーとも違い、やや細身の体躯のグリッド。その切れ長な目には、微かな敵意が感じられた。そんなグリッドに、フィーリアはそれ以上の言葉を重ねることはなかった。悪意や無礼には塩対応、それがダーウィング家の流儀である。
フィーリアを一瞥し、どかりとソファーに座ったグリッドが一言だけ言った。
「座れ。」
顔を上げ、ゆっくりとソファーに腰を下ろすフィーリア。口元には薄い笑みが貼り付いている。
「シド、表に出ていろ。」
「……!それは……」
「表に出ていろ。」
それ以上は抗う術がなく、シドは渋々退室した。
「……過保護な……」
グリッドの呟きに、思わずフィーリアが吹いた。
「何だ?」
「いえ、失礼いたしました。先日シドに、私とブランドン閣下が過保護だ、と言われたばかりだったもので。」
グリッドの眉根が寄る。そのままジッとフィーリアを見つめた。
「クレアによく似ている。」
フィーリアはグリッドの真意を計り兼ねていた。が、最初にあった微かな敵意が消えているのは感じられた。
「今日、お前が呼ばれた理由がわかるか?」
「移住事業についてでしょうか。私が担当しておりますので、説明のために呼ばれたかと。」
「いや、裏を見極めてやろうと思っていた。」
◆ sideフィーリア ◆
裏……とは?移住計画の、ではなさそうだね。ってえと、やっぱ諜報部のことか。
話を聞いて、年甲斐もなく拗らせた拗ねジジイかと思ってたけど、どうもそうではなさそう。なんて言うか……すごくブラン爺に似ている。見た目似てないけど。
「鼻タレのイヴァンはありえない。クレアもそんな野心はない。キャスランかコックスか、まさかのフィリクスかと考えていた。」
「……そのどれでもありませんわ。強いて言うなら、ルヴレフ辺境伯でしょうか。ガラリア様にはブランドン閣下と共に、私の後見に立っていただいてますの。」
「……辺境伯が後見だと?」
ん~、この表情はびっくりと安堵、ってとこかな?ガラリア様は警戒してないってことか。ちょっと切り込んでみるか。
「……ブランドン閣下の持つ諜報部がお望みでしょうか?」
「そんな物はいらん。私には扱いきれん。」
んん?てことは、そっちの跡を継ぐのが自分じゃないから拗ねてた、ってことじゃなさそうだ。となると……心配してたとか?え、コイツも過保護?
「ブランドン閣下から相談が無かったことが御不満ですか?」
「……私には派閥の長としての立場もある……」
っとぉ、この人今「も」って言ったよ。てことは、それ以外の立場もあるってことで。
「ブランドン閣下とはあまりお話なさらないのですか?」
「……」
なるほどな。大体読めた。
ブラン爺の諜報部は自分の手には余る、ってのは自覚してると。ただ派閥を率いる上で、諜報部がいらん紐付きに奪われるのも困る。で、息子としては、なんで親父は自分にちゃんと相談せずに後継を決めるんだ、と、こんなところか。
まあこれに関しては基本ブラン爺が悪いわな。でもこの人も拗らせてる感じがする。二人とも大概言葉が足りんわ。
「モンユグレ公爵様は、お父君に良く似てらっしゃいますのね。」
公爵が目を見張る。なんだ?そんなに意外か?
「グリッドで良い。……何がそんなに似ている?」
「そうですね……言葉が足りず誤解されやすいところとか、過保護なところとか、ですかね。」
「……!」
あ、表情が少し柔らかくなった。
「まいった……過保護は血筋か……。」
グリッド様が大きく息をつく。
「お前は本当にクレアに似ているな。あの鼻タレに似なくて良かった。」
おうおうおう、なんだ、鼻タレ鼻タレって。うちのポンコツで頼もしくってラブリーな父様に喧嘩売ってんのかい。
「クレアは母に似ているんだ。……母は、私が十歳の時に亡くなった。パーシーには乳母が付いていたが、私はもう教育が始まっていたから……寄る辺が無く心細さを感じた。だが父は仕事ばかりで……私は父と話すことはほとんどなかった。」
唐突な自分語り始まっちゃったよ。てかメリーアンお祖母様と母様も似てるってことは……なんてこったい、パーシーお祖父様もマザコンかい。
「今となれば、父も子供たちに不自由させないように仕事をしていたのだとわかるが、あの時の私は、それでも話をしてほしかった。今となってはもう、父子の会話がどのようなものかすらもわからん。自分の息子とも、ちゃんと父として向き合っていられているのかどうか……」
うん、めんどくさ。つまりコイツはマザコンでファザコンで、ママンの面影がある私に甘えて吐露しちゃってるわけだ。私が七歳児ってことも忘れてな。
てか、ブラン爺が私とか母様にデロ甘なのって、自分の嫁さんに似てるからなのかい。ブラン爺も大概だ。まあ、ブラン爺もグリッド様も娘いないし、女の子に甘くなるのは仕方ないか。
うちの父様は、息子に娘にも、ついでに妻にもデロ甘だけどな!(自慢)
グリッド様が急にハッとしたように顔を上げた。
「す……すまん。なんで私はこんな話を……」
「よろしいんじゃないですか?」
「え?」
「子供の頃には戻れませんもの。お互い立場と肩書きを持つ者として話せば良いんですよ。父と子であることは違いないし、お互い嫌ってるわけでもない。こうあらねばならない、なんて形は決まってないんですもの。今の自分たちで関係性を築けば良いんですわ。ジジイ同士で。」
グリッド様が呆気に取られてる。
「だ、だが、私は自分の息子たちとも――」
「それはブランドン閣下に関係なく、グリッド様とお子様たちが築くものです。ご自分が欲しかった言葉をかけてみては?まあ、相手もいい歳をしたオッサンだというのは頭に置いて、ですが。」
グリッド様が私を凝視する。穴あきそうだからヤメレ。
アダルトチルドレンってほどじゃないんだろうけど、甘え下手と反抗期不足……なのかな。父親との関わり方がわかんなくなっちゃったんだろうな。
てかそんなん自分で消化しとけよ。昇華まで行かなくてもいいからさ。
「……ジジイ……オッサン……ぶはっ!」
グリッド様が、堪え切れないように吹き出し、笑い出した。初見からここまでで、初めて見る笑顔。
うん、まあ、笑い飛ばすくらいが丁度いいんでないかい。




