決着?
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ヘリオス分隊長、護衛騎士マルク、ジョシュア第三王子の順で、守秘契約書にサインがされた。
森で既にフィーリアの能力の一端を見ている彼らは、フィーリアの言う脅しがブラフではないことを理解した。何より、先ほど見た巨大な大鷲の精霊と契約しているのであれば、下手をすれば英雄ブランドンよりも強大な力を有している、ということになる。
しかも後見には、その英雄ブランドンとドラグーンのトップでもあるガラリア辺境伯。王子とは言え、迂闊に逆らえる相手ではなかった。
サインの済んだ書類を確認したフィーリアは、そのままそれを収納魔法でしまい込んだ。三人から見ると、空中でかき消えたようにしか見えない。
「あ、これ収納魔法ね。これも機密。」
伝説の魔法を目の当たりにした三人は、口が開きっ放しになってしまった。
「さて、と。まずは今回の反逆行為に関するジョシュア殿下の扱いなんだけど……たぶん罪には問われないでしょうね。どちらかというと被害者だし、周りの瑕疵が大きすぎるもの。」
ジョシュアが大きく息を吐く。最悪の事態――身一つで平民に落とされることを想像していたのだろう。
「ただ、王宮は荒れるわよ。なんたって、第三王子の教育が全くなされてない上に、誰もそれに気付いてなかったんだから。」
「それは……覚悟している。」
ヘリオスが悲痛な声で呟く。
「殿下が幼少の砌より、第七分隊が護衛の任を拝命していたが、おそらく別の分隊へ交代することだろう。分隊長の私は……罷免だけで済めばいいが。」
「悲観的だなあ。まあ護衛の交代はあるだろうけど、罷免とかの処分はないと思うよ。殿下の監視は護衛の役目じゃないんだから。」
「しかし……」
「処分されるんなら影だね。王族の素行監視は梟……だっけ。職務怠慢甚だしいわね。」
サウデリア王家が持つ部隊、影は公然の秘密だ。だが、任務によって分けられている部隊の名称、ましてや任務内容まで知る者は多くはない。
この少女が、果たして何をどこまで知っているのか、いったい何者なのか、とことん聞いてみたい衝動とヘリオスは戦っていた。
「フィーリア……嬢、おま…きみは何者なんだ?本当にエルフではないのか?」
ジョシュアが恐る恐る尋ねる。
「間違いなくダーウィング家の末娘だよ。ね、母様。」
「ええ、もちろん。私がお腹を痛めて生んだ、可愛い可愛い娘です。」
母娘で顔を見合わせてにっこり笑うと、何がそんなに恐ろしいのか、三人の客人がまた身震いする。
「まあ、ただ、何者ってことになると、この先の別の話が関係してくるんだわ。てことで、反逆の件についてはこれでいいかな。こっちはこの一件、これ以上荒立てる気はないよ。あ、でも、私を側室にしようとしたのは、うちの全員が許す気ないから、それだけは覚えておいてね。」
身震いでは済まない。ジョシュアは生まれて初めて「股間がひゅっとなる感覚」を知った。
「さーて、紙の話に移ろうか。なんでそんなに製法を知りたいの?」
「そ……それは……」
「まあ、お母様に言われたら、従うしかないか。トステル商会はお母様の実家の子飼いだものね。」
「……!知って……」
「そりゃそうでしょ。未だにうちに密偵送り込んできてるからね。全部返り討ちにしてるけど。」
ジョシュアが黙り込む。たまらずヘリオスが口を挟んだ。
「その、厚かましい願いとは承知しているが、トステル商会に製法を売るか、あるいは卸すのをシューベリー商会からトステル商会に変えることはできないだろうか?トステルは古くからある大商会だし、コックス侯爵家や第二妃のマグリエヌ様にも恩が売れる。そう悪い話でもないと思うが。なんなら、シューベリー商会がトステル商会の傘下に入るのでもいい。」
ヘリオスは、今回なぜジョシュアがダーウィング家に送られたのか大まかに話を聞いていた。ジョシュアの補佐のコーベイの補佐、くらいの位置付けでだが。
コーベイが恫喝紛いのことを言い出した時点で、交渉は決裂するとわかっていた。しかし、普段あまり母親の愛情を受けることがないジョシュアが哀れで、できることなら手柄を上げさせてやりたかった。
「う~ん、あのね、今ウィング紙を扱ってるシューベリー商会のこと、どれくらい知ってる?」
「確か……二年ほど前に新しく設立された商会で、リナリア・シューベリーという人物が商会長だとか。だが、ダーウィング家の縁者にもその名を持つ者はいないし、人物については調べても情報が全く出てこない、と聞いている。」
「うん、そのリナリア・シューベリーってね、私なの。」
「「「は?」」」
三人の声が重なる。
「正しくは、私の偽名、ね。『国内に於ける要人・重要人物保護の為の名義人秘匿法』ってのを使って、偽名登録をしてるわけ。ほら、私の正体の一端が見えたでしょ。」
これで、後見人が大物なだけではなく、本人もまたそこそこ大物なことが知れた。
「ついでに言えば、紙だけじゃなくて、うちの商品の開発、全部私が関わってるの。自分で開発した商品を自分で立ち上げた商会で売ってるのに、それを丸ごと寄越せだなんてねえ。今すぐコックス領を草一本残らない焼け野原にしたいくらい怒ってるのよ。」
ニコニコしながら物騒極まりないことを言うフィーリアに、ジョシュアの股間がまたひゅっとなる。
すると、それまで黙って控えていた護衛騎士のマルクが、そっと手を挙げた。
「あの、フィーリア様に伺ってもよろしいでしょうか。」
「どうぞ、マルク・ホール騎士爵様。」
「えっ、あっ、なっ、はい、マルク・ホール騎士爵です。あのですね、フィーリア様は相当の実力者だと思われるのですが、それを国のために役立てるおつもりはないのでしょうか。」
(はあ?コイツもしかして面倒臭い真面目くんか?)
フィーリアがちょっと鼻白む。
「国のため……随分と漠然とした話ね。
じゃあ逆に聞くけど、良質の紙を安く広く普及させることは、国のためにはならないのかしら?使いやすい筆記具を誰でも使えるようにすることは、国のためにはならないのかしら?安価な肥料を作って土壌を肥えさせることは?人造魔石を安定して供給し魔道具を使いやすくすることは?
あなたはいったい何を見て何を思ってるのかしらね。」
マルクはハッとし、それから赤面し頭を下げた。
「申し訳ありません。自分は騎士としての生き方しか知らぬため、あの英雄閣下をも上回るお力があるのなら、それを生かさねば勿体ない、と単純に考えてしまいました。浅慮をお詫び申し上げます。」
マルクの素直さは、ダーウィング家の人間には好ましく映った。決してダーウィング一族が脳筋だから、という理由ではない。




