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準備万端

◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇




 その知らせは突然やって来た。


 稼働し始めたばかりの魔珠工場で、魔道具の微調整をしていたフィーリアの元に、第三王子からの先触れが来たとの知らせが入った。


「思ったよりゆっくりだったわね。まあおかげで色々準備できたけど。」

「いやだから、その悪い顔やめろって。」

「失礼な。真っ当なことしか企んでないわよ。んじゃセイクナ、あとは頼んだわよ。緊急事態の時は、躊躇せず()()()()で連絡してね。」

「は!承知しました。」


 ビービスは、つい先日完成したばかりの伝言通信機だ。完成してすぐに、自宅研究室とブランドン邸、製紙工場と魔珠工場、そしてルヴレフ辺境伯ガラリア邸にも配備した。

 今回の対王家の作戦の絡みもあり、「この際だからガラリア様にも一枚噛んでもらいましょ」と根回しのためにフィーリアが直接ガラリアの元へと持ち込んだのだ。むろんヴェントによる先触れありだ。


 ビービスの名はフィーリアが付けたが、由来を知る者は他にいない。

 名付けにうんざりしていたフィーリアが「ビービーエスは本来は電子掲示板のことだけど、この際いいか……」と呟いていたのはシドもジョナスも聞いていたが、フィーリアが意味の分からない言葉を使うのはよくあることだったので、特に突っ込んで由来を聞きはしなかった。




 シドと共に転移で自宅へ戻ると、既に家族全員が臨戦態勢だった。武装しているわけではない。身嗜(みだしな)みと屋敷を整え、フィーリアが作った()()()()()()()を穴が開くほど読み込んでいた。


「おかえりフィーリア。第三王子殿下は夕刻近くにこちらに到着するようだ。」

「あらら、ずいぶんゆっくりなんだね。じゃ、うちに泊まるってこと?もしかして歓待されるとでも思ってんのかしら?」

「あらあ、もちろん全力でおもてなしはするわよ。ただねえ……うちは所詮田舎男爵家だから、ご満足はいただけないかもしれないわねえ。」


 両親が、特に母クレアが怒っている。フィーリアは身震いをした。


「え、と、私も着替えてくるね。久し振りにちゃんとしたドレスを着なくちゃ。」

「フィーちゃん、一人じゃ大変よ。手伝ってあげる。」

「ありがとう、アリシア姉様。」


 ダーウィング家で一番強い?のはクレアだが、おっとりとして見えるのに敵認定した相手に一番容赦がないのはアリシアだった。情が深い人間だからこそ、敵は決して許さない。

 だが、それを理解しているのは、フィーリアとクレアとマーサの女三人だけである。どうもそのあたりは、男性には見えない何かがあるようだ。






 日が傾き始めた頃、馬車と騎馬の一団がロクス村にやって来た。

 先導するのは胸に金の三本線が入った隊章を付けた騎士。両脇と後ろに十人以上の護衛騎士を付け、中央には偉そうな――馬車なのに偉そうに見えるほど派手な装飾を付けた馬車がある。


 斥候よろしく狩人のフランセルが村外れで一団を確認し、すぐさまダーウィング家へと知らせに走った。

 フランセルの報告を受けた一同は、家やもてなしの確認、互いの身嗜みの確認をすると、付け入る隙を見せぬようフィーリアの作ったマニュアルを見直した。


「コレはあくまで私が予想した範囲で書いた物だから、この通りにはいかないと考えていて。話の主軸は父様だけど、即興での対応がわからなくなったら、迂闊なことは言わずに黙っちゃっていいよ。後は私が引き継ぐから。」

「お前の同席は、向こうが何も言わなければ俺のほうから願い出たほうがいいのか?」

「ん~、できれば向こうから言い出させたいなあ。もし言い出さなかったら私がちょっと()()()()()言わせるから。森でのこともあるし、大丈夫だと思うよ。」


 このような折衝ではポンコツで定評のあるイヴァンは、不安げにフィーリアの言葉を聞いていた。下手なことを喋って、言質を取られることだけは避けたかった。


「全員同席、にはならないと思う。父様と母様と私、あと嫡子としてアンディ兄様かな。シドとダルトンは同室させるよ。」

「じゃあ僕らは言われていた通り、真上の部屋で話の内容を聞いておけばいいかい?」


 (あらかじ)め、会談場所になるであろう応接室に仕掛けをし、真上にあるイヴァンの執務室で盗聴できるようにしておいた。


「うん。家族で情報はしっかり共有しておきたい。最悪の事態になっても慌てないように。」


 フィーリアの言葉に、家族全員が複雑な表情で顔を見合わせる。アンディは泣きそうだ。


「アンディ、そんな顔しないで。大丈夫よ。絶対最悪の事態にはさせないから。」


 アンディのフィーリアに対する溺愛ぶりを一番よく知るクレアは、そう言ってアンディを慰めた。


「うむ、ともかく、フィーリアが入念に根回しをしたんだ。フィーリア主導で我々はそれについて行く形で方向を決めるしかない。フィーリア、たとえどんな結果になったとしても俺たち家族は味方だ。思うようにやるがいい。」


 イヴァンは既に腹を決めていた。イヴァンだけではない。クレアもアリシアもアンディもジョナスも、トビアスだけはわかっているのかいないのか一言も発言していなかったが、おそらくはトビアスも。

 長年ダーウィング家に仕えていてくれるダルトンやマーサも、気持ちは同じだった。


 シドだけは、ブランドンから別の使命を与えられていた。もし、フィーリアの身に危険が及ぶようなことがあれば、委細構わずフィーリアを保護しブランドン邸で匿うように、と。

 その命令を聞きながら、「何があったって、命の危険があるのは敵に回る奴らのほうじゃねえの?」とシドが考えていたのはまた別の話だ。


 そろそろ馬車が到着するころだろう。ダーウィング家全員で、家の外で出迎える用意をする。


 やがて門の外から、馬車の車輪の音や騎馬の(いなな)きが聞こえてきた。


 いよいよ、王家との対決が始まる。




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