図書室を巡る攻防
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ダルトンがダーウィング家の家令になって四十年近くになる。前男爵から今のイヴァンへと主が代替わりしてからは十年だ。
ダーヴィング家は家族仲が良く、今は特に末娘のフィーリアを、皆で溺愛している。だが温度差は当然あるものなので、三男である双子弟のジョナスは、その慎重な質のせいか、フィーリアとの距離を測りかねているようだ。
今日はそのジョナスが一人で子守をする日である。気にはなっていたが、ダルトンもメイドのマーサも何かと忙しく、あまり気を配れないでいた。
昼少し前だったろうか。廊下を歩く大小の背中を見た。
左手に本を抱え、右手でしっかりとフィーリアと手を繋いでいるジョナス。まだよちよちとしか歩けないフィーリアの歩調に、しっかりと合わせて歩いている。
時々二人で目線を合わせてはニマーっと笑い合うその様子に、ダルトンは不覚にもちょっと目が潤んだ。
(良かった。ジョナス坊ちゃんもフィーリアお嬢様と、仲良しになれたのですね。)
夕方に帰ってきた主イヴァンに、ダルトンは見たままの光景を報告した。もちろんほっこり微笑ましいエピソードとして。
◆ sideフィーリア ◆
その日の夜、珍しく家族が全員集合と相成った。
いつものように母様にごはんを食べさせてもらって、母様がみんなとの食事に行ってる間は、昼間図書室から持ってきた本をパラパラとめくる。みんなの食事が終わったら、母様かアリシア姉様のどちらかが来て寝支度をするのだ。
だが今日はなぜか、食事が終わったらしき母様に抱っこされて、家族が揃っている居間に連れて行かれた。読んでいた本も抱えたまま。
家族が勢揃い……してるのはいいけど、ジョナ兄の顔がやけに暗い。えと、あれ、これはいったい……
「ジョナス、今日フィーリアを部屋から連れ出したそうだな。お前からは何も報告を受けていないが、ダルトンがお前たちを見かけたそうだ。」
だだだダルトンーっ!
……って誰だっけ?あの執事みたいなじーちゃんかな?ん?執事?家令?何が違うんだ?
それはさておき、ジョナ兄がヤバい。怒られちゃう。そう言えば、部屋から出せない、って言ってたな。
あわあわとジョナ兄を見ると、目が合った。急にキリっとした表情になり、小さく頷く。
いやいやゴメン!そのアイコンタクトわかんないからーっ!キリっ!じゃねーよ!どうしよう……
「はい。フィーリアが本を見たがったので、図書室に連れて行きました。」
「本を……?まさかフィーリアはもう文字が読めるとでも言うのか?」
「読めているのかどうかまではわかりません。ですが、本の扱いはとても丁寧で、大切にしているのがわかります。姉様や兄様を見て、同じようにしてるのではないでしょうか。」
上手いっ!「読みたがった」ではなく「見たがった」、そして姉兄を絡めた真似っこムーブ&ほのかなヨイショ。
これはアレだな、ジョナ兄の賢さを鑑みると、似たような経験があって、それに関してもどかしい思いや煩わしい思いをしたのではないだろうか。早熟系って、なかなか周りに理解してもらえなさそうだもんね。
間違いない。ジョナ兄は私の理解者だ。
「フィーは、絵本を読んでやるときにも文字を指差して聞いてきたりします。本や文字に関心があるのではないでしょうか。」
おお!アンディ兄様ナイスアシスト!
「ちょうど周りの色々な物に興味を持ち始める頃ですもの。アンディやジョナスはよく本を読んでいるし、フィーが真似したがるのも不思議じゃないわね。ちゃんと扱い方まで真似しているのであれば、特に問題はないのではなくて?」
さすが母様。子育てのプロは発言の重みが違う。と、ふと私が本を抱えていることに気が付いたアリシア姉様が、
「あら、フィーちゃん、その本重くない?大丈夫?」
と声をかけてきた。ヨシ!ここだ!
「だいちょぶ!ほん!すち!だいじ!」
そう言って、抱きしめていた本をそっと膝に下ろし、その表紙を天使の微笑みを浮かべながらそっと撫でる。
こうかはばつぐんだ! ……しまったやりすぎた。
感動させすぎてしまったのか、父様なんぞうるうると目に涙まで浮かべている。母様とアリシア姉様は微笑まし気に見つめているし、アンディ兄様は顔が溶けている。あ、ジョナ兄が胡乱な顔で見てる。わかってる。ゴメンて。
「ん゛ん゛っ、ともかく!フィーリアの予後も問題ないようだし、今回のことは不問としよう。お前たちも今後フィーリアが本を見たがったら、図書室へ連れて行ってやるといい。興味があることを伸ばしてやるのは大切だからな。」
やった!図書室開放だ!……ん~、でも気を付けないと。ジョナ兄はともかく、あんまりやり過ぎちゃうと、他の家族から奇異の目で見られるかもだなあ。
少なくとも、転生者であることはできることなら知られたくはない。絶対ないとは思うけど、化け物扱いとかされたら悲しいもん。
ジョナ兄と同じく、ちょっと早熟なだけの普通の子よ。
「……あの、父様、フィーの外出が許可されるなら……俺は……?」
ここまで空気だったトビー兄が、おずおずと発言した。ああそっか、まだ私に接近禁止のままだったっけ。
「む…………いいだろう。フィーリアへの接近禁止を解く。だがしかし、今度またフィーリアに乱暴なことをするようなら、義兄上……伯爵家に送り込んで一か月行儀見習いだ。」
「トビアス、あなたはもうちょっと、自分より幼い子供へのふるまいを考えなさいな。そうじゃなくてもあなたは力が強いのだから。」
「っはい!気を付けます!」
へ~、父様の兄ちゃんって伯爵なのか。んじゃうちはなんなんだろうな。ってソコじゃねえわ。やっとトビー兄の恨めし気な視線から解放されるわ。ま、父様も母様も厳しく監視はするようだけどね。
「やったー!フィー!また一緒に遊べるぞー!」
はしゃいだトビー兄にいきなり抱き上げられ、そのままぐるぐると振り回される。あ、目ぇ回る……
「「「「「トビアス!!!」」」」」
全員に怒られ、その場で正座で説教を食らうトビー兄。そういうとこやぞ。
トビー兄が鬼のように説教をされているのを、ぐったりと椅子の背にもたれて眺めていると、すすす……とジョナ兄が近付いてきて顔を寄せる。
「君、けっこう役者だよね。」
さよけ。この世界にも役者と言う職業があるんですな。