商会のお仕事
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フィーリアは今日は執務室に詰めていた。各種研究と並行して執務をしているので、執務室に来るのは三日に一度がいいところだ。フィーリアがいないときは、クレアかアリシアが執務室で仕事を代行している。
デスクには警備統括のデイルが報告に来ていた。
「今月はちょっと多かったですね。商会二つから三人、情報屋が二人です。情報屋は貴族の紐付きではなさそうです。」
「あー、王都の芝居が当たったからねえ。全員目的は紙?」
「モヤール商会の二人組は紙です。捕縛が早かったので、情報は漏れていません。小さな商会ですし【ごるぁ】が妥当かと。」
【ごるぁ】は、スパイを解放する代わりに、代表者が商的誓約を交わすという対応だ。命名はもちろんフィーリアである。
商的誓約は、守秘契約よりはいくぶん緩い。がそれでも、破った時には国内の商業ギルドから締め出されるので、まず破られることはない。
「ん、わかった。ギルドに書類回しておくから、とりあえず拘束しといて。」
「もう一人の商会関係者は、まだ口を割っていませんがどうやらトステル商会の者のようです。トレントを見られました。」
「わ、めんどくさ。釘刺しておきたいから【忘失】にして送り返そうかな。あとでやっとくから、とりあえず拘束しといて。トステル関係者は全部それでいいよ。」
【忘失】は、クダンに記憶を消す魔法をかけてもらうという対処だ。記憶の指定が大雑把なので、かけられるとちょっと知能レベルが下がる。生活に支障はないが、切れ者が凡人になるくらいの変化がある。
「情報屋は、一人が肥料、もう一人が魔珠を探っていました。いずれも情報は漏れていません。」
「肥料狙いの奴は公爵家に移送。魔珠狙いのほうは【二ぼこ】して王都郊外あたりに放逐して。」
「承知しました。」
【ぼこ】は文字通りボコボコに痛めつけること。【一ぼこ】で脚一本、【二ぼこ】で手足一本ずつを折る。【三ぼこ】は滅多にしないが、【二ぼこ】に加え片目を潰すことだ。
特許権の概念などないので、商品の情報を守るためにはそれなりの対処をしなければならない。最悪消すしかないのだが、大事な商会に後ろ暗い噂を付けたくはないフィーリアは、なるべく殺さないような対応をしていた。
もちろん、いざという時には自分が手を汚すつもりでいる。
デイルが一礼し執務室を出て行くと、書類の仕分けをしていたシドが話しかけてきた。
「トステルってあれでしょ?紙の大手のとこ。最近公文書にも上級紙じゃなくてうちの高級紙が使われること増えてきたからな。かなり焦ってんのかね?」
「うちを真似て色々やってるみたいだけどね。後追いはやっぱキツいんじゃない?そもそも紙質そのものが上がってないし。」
「ブラン閣下に言っておくか?」
「紐は?」
「んーと……コックス侯爵家だな。第二妃の実家だ。」
「うげ、関わりたくないな。言わなくていいよ。わざわざ対立大きくする必要もないでしょ。来た奴潰せば充分。」
「平和主義なのか容赦ないのかどっちだよ。」
シドが笑う。そこにノックの音がした。入って来たのは、生産管理責任者のケルコムだ。
「フィーリア様、第一期の生産をまとめてきました。」
フィーリアは書類を受け取り、チェックする。
ケルコムを生産管理責任者にしてすぐ、一年を四期に分けて生産調整の目安を作る進言をしてきた。どうやら騎士よりも、こういった総務仕事が向いていたらしい。生き生きと働いている。
「んー、ペンはもう少し減らしてもいいかも。ペン先は安定してるけど、軸のほうは別で買いたい人が増えてるみたいなんだよね。」
「かなり類似品が出回ってますからね。ペン先はモノがやはり良いので売り上げはほとんど落ちてませんが、軸のほうは装飾性が高い物が人気です。この前、他商会の物で総ミスリルの軸を見ましたよ。」
「げ、なにそれ。見栄張るにも程があるわよ。まあそれなら、ペン先はそのままで、軸は量販品だけ残して他は減らそう。」
「紙は下級紙の需要が増えているようです。鉛筆の需要と共にじわじわ上がってきてますね。」
「お、良い傾向だねえ。んじゃ他はそのままにして、鉛筆と下級紙の増産しようか。」
「魔珠の需要が増えてきてますが……」
「んあー、そこはまだ手ぇ付けられないかな。セイクナの報告次第だからね。増産ナシで。」
「承知しました。」
ケルコムが退室する。
「そろそろ王都に進出してもいいんじゃねえか?」
「んー、できれば魔珠増産の目途が立ってからにしたいんだよね。セイクナ、今どこだっけ?」
セイクナは、トマスの集めてきた情報を元に、魔珠の充填工場を建てられそうな魔素溜まりの調査に出向いている。
フィーリアはアイナにお願いして、人目に触れぬようにセイクナに付いてもらっていた。セイクナには【精霊との会話の魔法陣】も束で持たせている。
「ポサ村の南の外れだな。王領との境界に近いとこだ。」
「それってさあ、もし使えても中央から難癖付けられそうだよね。」
「ブラン閣下に根回ししてもらえばいいんじゃね?」
「まあ、それしかないか。」
フィーリアは、世話になっているブランドンを無下にしないよう、せっせとご機嫌伺いに訪れていた。もっとも、シドに言わせると「仕事サボる口実に、ただ遊びに行ってるだけ」ということらしいが。
「そう言えば、シャハザールが孤児の採用面接してほしい、って言ってたな。みんな、うちに就職でいいのかしら?」
シャハザール本人たっての願いで、「様」付けはされなくなっていた。孤児院の子供たちには「シャル先生」と呼ばれているらしい。
孤児院設立以降も少しずつ子供の数は増え、今では三十人近くいる。
「ああ、独り立ちってことか。いいんじゃねえの?あいつらみんな、フィー様に恩返ししたくてしょうがないんだから。」
「村に人も店も増えて大きくなってきたんだから、好きなとこに就職すればいいのに。」
「だからそれがフィー様のとこなんだろ。」
シドがけらけらと笑う。
黙々と書類仕事を続けていると、予告もなしに突然アイナが現れた。
「わ!アイナ様!先に言っといてくれないと、誰かに見られるぞ。」
『この部屋に来る者ならば、誰に見られても平気でしょう。
フィーリア、良い場所が見つかりましたよ。セイクナでは遅いので、一足先に私単独で知らせに来ました。』
「マジ!?ポサ村?」
『ええ。王領にはかかっていません。魔物の森には近いですが、魔素溜まり自体は森の外です。擂り鉢状の地形の底に、魔素の吹き出し口があります。』
「すっすぐ見に行く!視察だ現地視察!」
「ダメだ。」
腰を浮かせたフィーリアを、フィーリアの言葉だけで内容の見当を付けたシドが引き留める。
「なんでよ!最優先事項でしょうが!」
「緊急事態じゃねえんだろ?なら最優先はこっちだ。」
シドが机の上の書類の山を指差す。
「全部フィー様の確認とサインが必要な書類だ。これを片付けないと、クレア様やアリシア様と交代もできねえぞ。散々溜め込んだフィー様が悪い。」
「そんなぁぁぁ……」
シューベリー商会は、順調に発展している。




