番外編6 心の象(かたち)
◆ side クレイグ ◆
「表情が乏しい」「何を考えてるのかわからない」とよく言われる。それはそうだろう。そうするように努めているのだから。
元々は戦災孤児だった。父は元からおらず、国境近くの小さな集落に母と住んでいたが、戦争で焼き出された。二人でとりあえず大きな街を目指して歩いたが、途中で母が死に、その母の身ぐるみを剥いで街を目指した。
目的などなかった。母が街に行くと言っていたので、街に行けば生き延びられると漠然と思っていただけだった。だがもうその街の方向すらわからなくなっていた。
途中で見つけた古い山小屋で、数年過ごした。溜まった雨水を飲み、雑草を食べ、鼠を食べ、生きるために必死で足掻いた。小屋にあった刃の欠けた包丁で、小動物を狩ることもあった。
数年、そう何年かはわからない。寝て、起きて、食えそうな物を食って、火種だけは絶やさぬように生きてきた。
ある時、高熱が出た。下痢と嘔吐が酷く、なかなか回復しなかった。僅かに貯えていた水と食料が尽き、火種が消えたとき、これで死ぬんだと思った。もう生きるための理由などどこにもなかった。今生きているのは、死んでないから、というだけ。
山小屋の戸が開けられ、大きな人影を見たのが、山での記憶の最後だ。
どうやって旦那様があの山小屋までやってきたのかは知らない。聞いても教えてくれなかった。ともかく旦那様に拾われ、治療を受け、回復してからは下働きと勉強をさせられた。
時々旦那様が様子を見に来て、「頑張っているな」と頭をわしわし撫でてくれた。それだけで頑張れた。
その頃から、旦那様のお役に立つことが、私の生きる理由になった。
努力を重ね、やっと見習いとして旦那様のお付きになれた頃、やたらと暗い目をした小生意気な小僧が入ってきた。また旦那様がどこかで拾ってきたらしい。
青みがかった黒髪と濃紺の瞳は南方の民族の血でも入っているのか。自分の歳がわからないからはっきりしないが、十歳くらいは年下に見える。でも旦那様が拾ってきたということは、何某かの才があるということだろう。
旦那様は、時々そういう子供を拾ってくる。私も魔力の高さを見出された、ということだろうか。
「なあ、あんたはどうしてあの爺さんに仕えてんだ?拾われたのか?買われたのか?」
なぜコイツはこう品の無い話し方をするのだろう。そのくせ、所作は奇麗だ。まるで貴族みたいに。
「お前には関係ないでしょう。自分はどうなのです?なぜ旦那様に拾われたのですか?」
「拾われたんじゃねーよ。俺は……買われたんだ。俺はあの爺さんの所有物ってことさ。」
わからない。いや、あの時はわからなかった。なぜあんなに激高してしまったのか。気付いたら、目の前に気を失ったシドが転がっていた。
シドは肋骨が二本折れていて奥歯も折れて口の中がズタズタに切れていた。私も右手の中指と薬指を骨折していた。そしてそのまま懲罰房に入れられた。
懲罰房と言っても、ベッドもトイレも付いている。食事も日に二回はちゃんとしたものが必ず出る。ただし誰とも喋ることはない。そして、夜になると旦那様が来る。
何も言わず、何も聞かず、ただ格子の向こうの椅子に座って、大抵は本を読んでいる。三十分ほどそうして、何も言わず去って行く。
今ならわかる。私は嫉妬したのだ。旦那様の『所有物』だ、と言い切ったあの小僧に。
人と関わらずに生きてきた時間が長かった私は、誰にも必要とされず誰にも求められなかった。私も誰も必要とせず、誰も求めなかった。
でも旦那様のお役に立ちたい気持ちは嘘ではない。嘘ではない、が、同時に私は旦那様にも求めてほしかったのだ。
たとえそれが『所有』という形であっても。
旦那様に所有されているあの小僧が羨ましかったのだ。
それに気付いて、泣いた。集落を焼き出されてから一度も流れなかった涙が、止まらなかった。旦那様が来て、椅子に座ってるのにも気付かず、ひたすら泣いていた。
何時間泣き続けたのかわからないが、やっと涙が止まった時、目の前に旦那様がいた。
「落ち着いたか?」
私は頷く。
「自分の心の象が見えたか?」
心の象…………私は歪だ。欠落しているものがあり、歪んでいる。それでも許されるならば、誰かと繋がっていたい。誰かに求められたい。
「これからどうしたい?」
私が……私が自分の希望を言ってもいいんだろうか。
「私を使ってください。私を旦那様のお傍に置いてください。お役に立ってみせます。必要とされる人間になってみせます。」
ふはっ、と旦那様が笑った。
「お前もたいがい歪んでるなあ。いいだろう。儂もお前が望む立派な主人になれるように頑張るよ。」
旦那様が私の頭をわしわしと撫でる。
シドには結局謝罪はしなかった。旦那様に言わせると、
「あいつもヒネてるからなあ。身動きできずに考える時間ができて、良かったんじゃないか。」
とのことだった。考える時間。なるほど。あの懲罰房もそういう意味なのかもしれない。少なくとも私にはそうだった。
「じゃあブラン爺が家族なんだね。あ、そしたら私も家族だ。兄ばっかり増えちゃうな。」
そう言って笑うフィーリアお嬢様は、やっぱり変わった方だ。こんな野良犬みたいな私に、平然とこんなことを言う。あの旦那様のひ孫なだけはある。
すっかり落ち着いたつもりでいたが、この方の言葉に心の裏側をこちょこちょ擽られる気がする。
そうか、きっと私は今楽しいのだな。
私の心の欠けている部分が、ほんのちょっぴり埋まった気がした。




