トカゲじゃない
◆ sideフィーリア ◆
こーゆーときってホントにスローモーションに見えるのねえ。何だろ?極度の緊張で思考速度が上がるとか……いかんいかん、それどころじゃなかった。
とりあえず風魔法で落下速度調整して、そこらで一緒に落ちてきてる瓦礫を避けながら……あ、一度あそこに避難するかな。
崖の途中にちょっとした出っ張りを見つけ、風魔法を必死に調整しながらそこに何とかへばり付く。あとの瓦礫は当たらなそうだし崖下にスルーでいいや。
さあて、ここからどうするかな。
今いるのは、立ってるのがやっとくらいの小さな出っ張り。転移を使えるのは知られたくないから転移で戻るわけにもいかないし、風魔法で戻るのは……イマイチ風魔法苦手なんだよなあ、自信ないよ。崖に激突するか、自分の竜巻で自分がローリングしてしまう情けない未来しか見えない。
まあ、上の広場にはドラゴンもいるんだし、ここで待ってれば助けは来そうだね。
そう考えてのんびり景色を眺めてたら、遠くの空から何か鳥のようなものが近付いてくる。
あれ?そう言えばこの山って、頂上付近に野生のドラゴンの巣があるって言ってなかったっけ?すぐ上の広場から来るならともかく、あんな向こうから来るのって野生のドラゴンじゃないの?ちょっとヤバいかな?
とは言え、崖に張り付いてる状態ではどうしようもないので、そのままジッと飛んでくるナニかを見つめる。……あれ?ドラゴンじゃないぞ?
鳥にしてはデカいだろ。でも、姿は鳥?大鷲?いやいやそれにしたってデカ過ぎるわ!ロック鳥かよ!
間近まで来た大鷲の羽ばたきで吹き飛ばされそう。慌てて崖にしがみつく。
『おお、すまんすまん。風圧のことを忘れておった。』
大鷲が羽ばたきをやめた……のに、翼を広げたそのままの姿で空中に浮いている。あー、コレ大鷲じゃないや。もしかして……。
「もしかしてあなた、最上位の精霊……だったりする?」
『おや、気付いたか。いかにも。わしは風の最上位精霊だ。そなたはわしの声が聞こえるのか?』
「うん、まあ。てか、どうしてあなたはここに?」
『うむ、この辺りはドラゴンが多いからの。煩いからあまり普段は来ないんだが、何やら強い風の魔力を感じてな。ちょっと気になって来てみたのだ。』
あーなるほどね。精霊ってのはそういうのに反応するわけだ。
「私、上で崖崩れにあって、落ちる途中で風魔法使ったのよ。たぶんそれだわ。」
『ふむ、崖崩れとな。で、なぜそなたはこんなところに張り付いているのだ?その魔法で上に戻らないのか?』
うっ、痛いところを……。
「いやあまあ、ちょっと風魔法苦手で……。」
『何だ、仕方ないの。わしが上まで連れて行ってやるから、脚に捕まるといい。』
良かった。鷲に鷲掴みにされるのかと思った。いや語源としては合ってるけど。
そっと差し出された脚にしがみつき、足の甲に腰を下ろす。
『準備はいいか?ゆっくり行くから落ちるなよ。』
親切だねえ。なんか、精霊ってみんなこんななのかな?何て言うか、悪意がない。それってスゴいな。
ゆっくりと羽ばたきながら、静かに崖の出っ張りから離れていく、と
『んんんっ?なんだ?どうしたんだ?』
周りを見ると、ぐるりとドラゴンに囲まれている。鞍が付いてるから騎竜なんだろうけど、誰も乗っていない!ガラリア様の騎竜のセルガもいるけど、鞍の上はカラだ。
なんだコレ?いったいどういう状況だ?
『いやっ、だから、違っ……』
ドラゴンたちが威嚇をするようにぎゃわぎゃお鳴きながら飛び回る。ひー、あんまり近くでバサバサやられると落ちちゃうよー。
『ええい!やかましい!わしはこの子を助けようとしてるだけだ!危ないだろうが!ちっと離れろ!』
叱りつけられてちょっと距離を取ったドラゴンたちだが、心配なのか警戒してるのか、風圧が届かないところでぐるぐると回ってる。
結局ドラゴンたちに見張られながら、何とか崖の上まで連れて帰ってもらった。
そりゃ大騒ぎになるよね。六歳の幼女が、崖崩れと一緒に落ちたと思ったら、大鷲にしがみついて戻って来たんだもん。
大鷲を見てドラグーンさんたちは槍を構えるし、鉱夫たちはツルハシだのそこらにあった鉄棒だの構えてる。さすが武闘派の土地。総員戦闘態勢だ。あら、シドまでナイフ構えてる。
地面に着いて大鷲から降りたけど、コレこのまま大鷲から離れたら、鷲さん攻撃されちゃうんじゃないの?鷲さんの頭撫でたりとかしたら警戒解けるかしら?
とか考えてる間に、次々降りてきたドラゴンたちに取り囲まれた。そのまま私と大鷲巻き込んで、わちゃわちゃぎゃおぎゃわと何か言いながら、押しくらまんじゅうを始める。ぎゃー、潰れちゃうよー!
突然わちゃわちゃの輪からぺいっと投げ出され、シドがすかさず私を確保しに来る。
……ドラゴン団子、そのままだね。
ドラゴン団子の動きがピタッと止まった。やがてそろそろと中心の大鷲から離れ始める。そして大鷲と私の間に道を作るように左右に分かれた。
羽をぐちゃぐちゃにされた大鷲が、そのままゆっくりと私のほうへ近づいてきた。
『……名を寄越せ……』
「ふぁっ?え、なんでいきなり――」
『いいから名を寄越せっ!そうしないとコイツらが煩くて敵わんわっ!』
いったいどんなやり取りがあったって言うのよー!てかドラゴンたち何してくれてんのー!
「え、えと、じゃっじゃあ『ヴェント』ってどう?イタリア語で風のことなんだけど。」
『いたりあ?どこだ、それは?まあいい。これでそなたの命がある限り、わしの名はヴェントだ。これにて契約完了だ。お前たちもこれでいいな!』
いや~、ドラゴンたちにめっちゃ切れてるじゃん。いいのかね、こんな契約の仕方。
『ではわしはもう行く。用があったら呼べ。手が空いていたら行ってやる。』
「あっ、あの、助けてくれてありがとう!私の名前はフィーリアだよ。こんな形で契約しちゃってごめんね。」
『なんの。そなたとの契約自体は不快ではない。不快なのはこのトカゲどもだ!』
カッ!と周りのドラゴンたちをねめつける。トカゲてあぁた……。
『ではな、フィーリア。次はコイツらのいないところで会おう。』
ヴェントが飛び去って行く。
あとに残された私は……この空気どうすりゃいいんだ?衆人環視の中で契約しちゃったよー!




