鉱山にて
◆ sideフィーリア ◆
「フィーリア、これが俺の相棒、セルガだ。」
「ふわ……キレイ……」
ふおおお!ドラゴンだ!本物だ!
日本的な龍じゃなくて西洋的なドラゴン。白に近い鈍色の鱗で、マジカッコいい!というか美しい!
辺境伯様には、大角の一件でエラく気に入られてしまった。
あちらは私の名を呼び捨てだし、私が前公爵を「ブラン爺」呼びしてるのを知ってからは、自分のことも「ガラ爺」呼びするように強要された。うん、強要だね。血縁でもないし、昨日初めて会ったばっかりだっつーの。
辺境伯も周囲の人間に窘められたのか、辛うじて「ガラリア様」で許してもらった。
んで、今日はさっそく鉱山に案内してもらう予定が、なぜか竜舎に来てる。なんでも、坑道の入り口は山の中腹にあり、そこまで馬車で一日、騎馬で半日かかるので、ドラゴンに乗っていくのが一番早いそうだ。
「えーと、触ったり……できますか?」
「ん、まあ、俺がいるから大丈夫だとは思うが、嫌がる素振り見せたらやめてくれな。」
ゆっくりと近付き、そっと手を伸ばしてみる。お?おお……向こうから顔を寄せてくれたぞ。銀色の鱗がひんやりすべすべした手触りで、気持ち良いね。
と、あちらこちらから慌てるような声がする。振り返ると、ドラゴンたちが……こっちに寄ってきてる?へぁ?なに?
竜舎にいたドラゴンがみんな相棒や世話人を振り切って寄ってきて、入れ替わり立ち代わり私に鼻先を擦り付けて行く。てか、体が小さいから鼻で押されるたびにあっちこっちへヨロヨロしちゃうよ。
離れたとこでシドとクレイグが、助けに行くに行けない様子でオタオタしてる。最初に「ドラゴンの行動を抑止できるのはドラグーンだけ。他の人がするとドラゴンと戦闘になる。」ってレクチャーされたもんね。
一頻り全ドラゴンが鼻すりすりしたところで、ようやく離れてくれた。すでにぐったりなんですけどー。
ふらついた私を、シドが慌てて支えに来てくれる。
「ええと、今のはいったい何なんだ?」
ガラリア様がきょときょとしながら誰ともなく聞くものの、当然ドラゴンは答えられないし、人間も誰も答えられる者はいない。私にも何が何やら。
「フィー様、人間だけじゃなくドラゴンまでタラシ込むのやめてくれよ。」
シドに耳打ちされたけど、知らんがなー!
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
高くそびえる岩山、その麓にはブロッコリーのような森が点在している。時折深い谷が走り、その底にはキラキラと輝く清水が流れている。そんな風景を全て眼下に収めながら、真っ青な空を切り裂くようにドラゴンの編隊が飛んで行く。
先頭のガラリアが駆るドラゴンには、フィーリアとあと一人男の子が乗っている。
今朝、出発する段になってフィーリアたちに紹介されたのは、ガラリアの孫のキールだった。フィーリアよりも一歳年上の男の子は、偶然竜舎に遊びに来ていて、フィーリアがガラリアに同行することを知り、かなり駄々を捏ね一緒に連れてきてもらうことになったのだ。
シドも、他のドラグーンに同乗させてもらい、空中散歩を楽しんでいる。クレイグも一緒に来るはずだったが、試験飛行をした直後体調不良を訴えたために、護衛騎士たちと共に留守番をすることになった。どうやら高所恐怖症だったようだ。
小一時間飛んだところで、坑道の入り口に到着した。山の中腹にそこだけ山肌を切り取ったような広場ができており、作業員の休憩小屋や馬車留め、ドラゴンの待機場が作られている。
広場にも、そこから麓へと繋がる山道にも柵などはなく、片側は切り立った崖だった。ただ道幅は広く、採掘された鉱石を運ぶ荷馬車が余裕ですれ違えるようになっている。
「ふわぁ~あ、楽しかったぁ。」
空の旅を堪能したフィーリアはご満悦だ。これから暗く狭い坑道の中へ入ることなど忘れたかのように、晴れやかな顔をしている。
「おい、フィーリア、こっちに鉱山で使う道具が色々置いてあるぞ。見に行こう。」
キールがフィーリアの腕を掴んで、強引に道具置き場のほうへと引っ張って行く。シドが慌ててその後を追う。
「ホラ見てみろよ。コレで岩盤をくり抜くんだぜ。でっかいよなー。こんな凄い装置見たことないだろ?それでこっちの杭はな――」
「キール様、申し訳ありませんが腕を離していただけますか。私、先に集積場と分析機を見たいのですが。」
「は?なっ何ナマイキなこと言ってるんだ。わざわざ僕が説明してやってるんだぞ。」
「キール!お前は何をやっとるか!お客様に失礼なふるまいをするな!フィーリアは仕事で来てるんだぞ!」
ガラリアがキールに雷を落とす。シドが、フィーリアとキールの間に体ごと割り込ませるようにして、二人の距離を取る。
「仕事って……僕より小さい子供ではありませんか。しかも女のくせにそんな……」
「いい加減にしろ!邪魔をしないと言うから連れてきてやったんだ!これ以上グダグダ抜かすんなら先に帰らせるぞ!」
「……ぼっ僕はただ、子供同士案内してやろうと……」
泣きそうになっているキールを放って、ガラリアはフィーリアに謝罪した。
「すまんな。ちょっと親が甘やかしてしまったようでな。」
「いえ、普通はこんな子供が仕事で来ているとは思いませんから。それよりも、採掘された鉱石を見せていただけませんか?魔鉱の含有率はどれくらいなのでしょう?」
ガラリアとフィーリアは、掘り出されたばかりの鉱石が山と積まれている場所に移動した。そのまま原石と精製済みの物のコストなどを話し合う。
それをキールは口を尖らせて見つめていた。
魔鉱の取り引きについておおよそがまとまり、フィーリアとガラリアは広場の中ほどに戻ってきた。
「一休みしたら、坑道の中を案内しよう。キールも一緒に連れて行って構わないか?……ん?キールはどこに行った?」
「あ、あちらのほうにいらっしゃいますわ。」
「ったくアイツは。おおかた叱られて拗ねてるんだろう。」
「では、私がお迎えに行きますわ。私のせいで叱られてしまいましたし、できれば仲良くなりたいですから。」
「む、済まんな、フィーリア。」
付いて来ようとするシドを制し、フィーリアはキールの元へ向かった。
「キール様、お茶にしませんか?そのあと一緒に坑道の見学に参りましょう。」
「……うるさい。僕に近付くな。」
フィーリアから逃げるように、キールは広場の端へと歩き出す。
「キール様、あまり端へ行くのは危ないですわ。かなり高い崖ですから……」
「うるさいっ!構うなと言って――――」
二人の足元に振動が伝わる。地面に大きな亀裂が走った。
「キール様っ!」
咄嗟にフィーリアはキールの腕を掴み、安全なほうへとその体をぶん投げた。キールの体は亀裂の向こう側に転がった。
亀裂は一瞬で広がり、フィーリアは亀裂のこちら側の地面と一緒に、崖下へと落ちて行った。