ルヴレフ辺境伯領
◆ sideフィーリア ◆
そこからルヴレフ領までは、とりたてて大きなトラブルはなかった。まあ時々野獣や魔物は出てきたけれども。それくらいは瞬殺&肉・魔石取り。私は馬車の中に待機でツマラン。ぶー。
クレイグの勧めもあって、護衛騎士三人と守秘契約することにした。私の能力、目の当たりにしちゃったからね。やけに準備いいなと思ったら、長旅に同行する以上、バレるのを最初から想定してたんだってさ。なんてしごでき。
やっと騎士三人の顔と名前がちゃんと一致したよ。兜被ってるとわかんないんだもん。デイル(お菓子や果物をくれる)、セイクナ(リボンや髪留めをくれる)、ケルコム(花や香水をくれる)、まあ色々思うところはあるけど、よろしくね。
そんなこんなで、ようやくルヴレフ辺境伯領に到着した。領都レフィナは隣国イグナリニエ王国との国境に位置していて、巨大な城塞都市になっている。ふおお……ゴッツい城壁だねえ。
「ほんの二十年前くらいまでは実際戦争していましたしね。ルヴレフ辺境伯がドラグーン隊を率いて戦って、ようやく沈静化しましたが。」
出た!出たよ!ドラグーン!
辺境伯は武闘派だって聞いてるし、ご機嫌取りのための手土産もある。これで何とかドラゴンに……いかんいかん、魔鉱の取り引きがメインだった。ジョナ兄に叱られるわ。
城壁を抜け、ブラン爺からの紹介状をケルコムに託し、先触れをしてもらう。曲がりくねった街路を進むと、城が見えてきた。
うおおお!カッケぇ!岩山と一体化した、ド迫力の見るからに堅牢そうな城!コレってドラゴンの住環境としては最適じゃないの?
「いやあ、フィー様、ちょっと自重してくんないかね?興奮するのはわかるけど、貴族令嬢のする顔じゃないわ、ソレ。」
うぐ。残念ながら自覚はある。淑女モードに切り替えなければね。淑女淑女。
城に着き城門をくぐったら、家令やら侍女長やら大勢の使用人が出迎えてくれた。
「まずは皆様にお泊りいただく部屋にご案内いたしますので、そちらで旅の疲れをお落としください。晩餐には当主も参りますので、それまでごゆっくりお寛ぎください。」
侍女さんたちに部屋に案内され、寄ってたかって風呂だの着替えだのもみくちゃにされた。本物の貴族令嬢って、こんな面倒臭いもんなのか?いや、私だって本物なんだけどさあ。
やあっと晩餐の時間になった。ついに辺境伯とご対面だ。
「お初にお目にかかります。イヴァン・ダーウィング男爵が五子、フィーリア・ダーウィングと申します。ブランドン・モンユグレ前公爵のひ孫にあたります。この度は突然の訪問にも関わらず、ご厚遇いただきありがとうございます。」
流れるような挨拶と美しいカーテシーを見て、部屋の隅でシドとクレイグがすんっとした顔をしてる。あんたらそんな顔するんじゃないよ。私だってちゃんとやればできる子なんだから。
「当主のガラリア・ルヴレフだ。此度は遠いところを、幼い少女の身でよく来てくれた。ブランドン卿は俺にとっても恩人……友人……いや、面倒臭い師匠かな?ともかく世話になっている。滞在中はごゆるりと楽しまれよ。」
ブラン爺の友人?というには、ちょっと歳の差ありそうだね。まあ印象は悪くないみたいなのでいいか。
辺境伯は深い緑色の髪色で、目の色も同じ深緑色。そしてやっぱりガタイの良い熊。
私の周り、熊率高すぎないか?私どっちかってぇとインテリ腹黒眼鏡系が好みなんだけどなあ。一番イメージ近いのはクレイグか?いや、父様もお祖父様もグラン爺も大好きだけどさ。
当たり障りのない会話を続けた食事も終わり、サロンへ移動して、ここからが本番だ。
私は紅茶、辺境伯はワインを飲みながら、まずは軽いジャブ……じゃつまんないからアッパーで行こうかいね。
「辺境伯様の頬の傷、ずいぶんと大きなものですのね。戦場で受けられたのですか?」
室内に控えていたシドとクレイグがギョッとする。そうだよね、普通はいきなり外見に関わること言ったり聞いたりしたら失礼にあたるもんね。特に貴族は。
でもね、人生二周目のフィーちゃんは知ってるのだ。武闘派の筋肉ダルマは、前面に付けられた傷なら寧ろ武勇伝。魔法治療で目立たなくすることもできるのに、あえて残してるってことは、自慢の傷なはず。違ったら詰むけど。
「……ほほう、随分と率直な物言いだな。まあいいだろう。これは、我が騎竜を従えたときに付いた傷だ。ドラゴンと単身闘い、ドラゴンが認めた者だけが騎竜として乗ることができるのだ。その時の傷を、我が騎竜との絆の証として残しておる。」
おっとぉ、スマッシュヒットか?一気に機嫌が良くなったぞ。
「まあ!素敵なお話!ルヴレフ家は本当に武勇の誉れ高いのですわね!そんな辺境伯様になら、もしかしたらお気に召していただけるかもしれません。シド、お土産をお持ちして。」
シドの顔が「ホントにこんな物で大丈夫なのか?」と言いたげだ。だーいじょうぶだって。爺タラシ?熊タラシ?のフィーちゃんに任せなさいって。
シドが、大きな包みが乗ったワゴンを押してくる。
「こちらをお納めください。」
バサッと包みを捲ると、そこには、先日倒したギガントベアから採取した角(デカいほう)。辺境伯側の人間が一斉に息を飲む。
「こ……れは……ギガントベアの角?だがこの大きさは……。こんなシロモノ、いったいどうやって手に入れた?」
「ほほ……こちらに参る道中、私が狩りましたの。ダーウィングの名を持つ者として、ほんの嗜みですわ。」
あれ?またやりすぎたかな?まあいいや。辺境伯様が、怪しむようにシドを見る。ほら、シド、言ったんさい。
「体長七、八メートルはありましたでしょうか。もう一体それよりやや小さいのも出ましたので、そちらは私とそこにおりますクレイグで倒しました。大きいほうは間違いなく、フィーリアお嬢様お一人で倒されました。」
「うふふ、護衛騎士たちも見ておりましたので、お疑いなら彼らにご確認くださいな。」
にっこり笑いかけると、大角と私を何往復も見ていた辺境伯が急に大笑いした。
「はははは!これは驚いた!常なら有り得ん話だが、ブランドン卿のひ孫でゴールデルンどのの孫ならさもありなん!実に愉快だ!」
ん?ゴールデルン?それって父方の祖父ちゃんの名前だよね?お知り合いってこと?
「ゴールデルンどのは、共に修行をしておった兄弟子だ。あの赤熊には手合わせで一度も勝てたことがなかったわ。歓迎しよう、フィーリア嬢。旅の目的を洗いざらい吐くがいい!」
いや、言い方……。それにしても世間って狭いのね。まさかここで父方祖父に助けられるとは思わなかったわ。ていうか『赤熊』て。そっちの祖父ちゃんも熊なんかーい!