道行き 2
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「だからあんたは出るなよ!護衛の意味ないだろうが!」
「我々が外に出たら、鍵を掛けて待機していてください。」
「だって二十人でしょ?戦力は多いほうがいいじゃん!」
――――埒が明かない――――
頑なに自分も闘うと主張するフィーリアに、そう判断したクレイグは、フィーリアを引っ掴みシドに押し付けた。馬車が止まると同時に一人で外に出て、すぐさま閉めた扉を外から押さえつける。
「っおい!クレイグ!」
「お前は今フィーリア様の従者です!最後の最後にフィーリア様を守るのはお前なのですから、そこでフィーリア様を抱えててください!」
ジタバタするフィーリアを抱きかかえたまま、シドは言葉に詰まる。
「っっ!ヤバくなったらすぐ呼べよ!」
シドは扉に鍵を掛け、ギリギリと歯を噛み締め、暴れるフィーリアに悪態をつきながらも決して離そうとはしない。なにせこのお嬢様は、目を離せばすぐにどこかへ飛んで行くのだ。
しばらく外では悲鳴や雄叫び、剣戟の音が響いていたが、やがて静かになった。ココン、と馬車の扉がノックされる。
「終わりましたよ。」
クレイグの声に、やっとシドがフィーリアの体を離す。フィーリアはすぐに鍵を開け、外へ飛び出した。シドもやれやれと後を追う。
外にはむさくるしい男たちがゴロゴロと転がされていた。騎士たちがその男たちを縄で縛り上げている。
「誰も怪我はない?」
「もちろん。騎士たちも手練れですから。」
「野盗は何人いたの?」
「全部で十九名ですね。手足を飛ばされたのもいますが、一応全員生きています。どうしますか?」
「どうする……って。普通はどうするものなの?」
「そうですね、人数が少なければ人里まで連れて行って引き渡しますが、この人数だと歩かせるしかありませんし、もう歩けない者もいますからね……」
「近くに村なり町なりがあれば、そこまで使いをやって人手を頼む、ってのもアリだが、この辺はどこからも遠いんだよなあ。」
「えええ~、ダメじゃん。てか、遠くて助け呼べないから、ここで襲ってきたのか。」
フィーリアは考え込む。やがて頭を上げた。
「あのね――」
「あっ!コイツ!何をしたっ!」
騎士の声に遮られた。見ると、まだ縛られていない、足が変なほうに曲がってる野盗が、何かの瓶を地面に叩きつけたらしい。砕けたガラスと黒い粉が騎士の足元に散っている。
その男を縛り上げる頃には、辺りに奇妙な匂いが立ち込めていた。匂いを嗅いだフィーリアが青ざめる。
「全員集合!野盗は放っといて!」
「ちょ、フィー様、なに?」
「コレ、魔物寄せの粉だよ!この辺りに何が生息してるかはわかんないけど、魔物が押し寄せてくるから、全員片っ端から迎え撃って!あー!馬と馬車に結界張らなきゃ!」
「っ!ならフィー様精霊獣呼んで!」
「やだよ!あいつらにやらせると、素材が取れないんだもの!下手したら魔石も残らない!」
「んなこと言ってる場合じゃ――」
「フィーリア様!馬車にお戻りください!」
「もう遅いっ!全員であたらないと全滅するよ!ホントにヤバくなったらアイナ呼ぶから!」
まだ縛られずにいた野盗の一人が、コッソリ逃げ出そうと離れたところで、悲鳴をあげた。何かの魔物に咥えられている。
「来たよっ!全員自分が生き残ることだけ考えてっ!あまりバラけすぎないようにねっ!」
そこかしこで魔物の咆哮と断末魔が聞こえる。辺りには、大小様々な魔物の死骸と、逃げられなかった野盗の残骸らしきものが散らばっている。
次々襲い来る魔物の波も一旦落ち着いて、シドは汗をぬぐった。ふと周りを見回すと、クレイグしか見当たらない。
「クレイグっ!フィー様はっ!?」
クレイグが目の前の魔物を切って捨て、振り返った。
「はあっ!?なぜお前がフィーリア様から離れているのです!?何をしてるのですか!」
慌てて魔物の咆哮が聞こえる方向へ向かった。
藪をかき分けて行くと、不意に森の木々が途切れた。そこには倒れている二人の騎士とそれを守るように剣を構える一人の騎士。その視線の先では、フィーリアが二体の巨大な魔物と対峙していた。
身の丈七~八メートル、大きな角に六本の脚。熊に似ているが熊ではない。森が途切れているのは、この二体がそこらじゅうの木をなぎ倒したからに違いない。
「あれは……ギガントベア、ですか?」
「デカ……すぎねえか?」
フィーリアが駆け付けた二人に気付く。
「ちょーどいいトコに来た!あんたら小さいほう受け持って!毛皮は仕方ないけど、角だけは無傷で仕留めてねっ!」
「「はあっ!?」」
彼らは従うしかなかった……。
魔寄せの粉の効果は切れたようだ。フィーリアは一先ず負傷した二人の騎士の治療をしていた。
「ん、これで大丈夫。傷は跡形もなく塞がったし、ちょっと貧血なのはどうしようもないから、馬車のところまで戻って休んでなさい。」
「あ……ありがとうございます……」
互いに肩を貸し合いながら騎士たちが馬車へ向かうと、シドと騎士が巨大な角を担ぎ、クレイグが大きな魔石を二つ抱えてやってきた。
「フィー様ぁ、コレどーすんだ?」
「お、意外とキレイに取れたねえ。それ馬車に積んだら、そこらの死骸から魔石だけ採取しといて。全部解体する時間はないし、運べないからね。で、街道から離れたところになるべく深い穴掘って、そこに魔物の死骸と野盗の遺体放り込んでおいて。ギガントベアはこっちでこのまま処理して、終わったら穴のほう行って燃やして埋めるから。」
そう指示すると、フィーリアはギガントベアの死骸へ向かう。野盗は一人も生き残っていなかった。
角を担いだ騎士がぼんやりとそれを見送り、ぽつりと言った。
「……自分、あんなに返り血を浴びて爽やかに微笑む幼女、初めて見ました……」
「安心しろ、俺らも初めてだよ。」
いつまでもフィーリアが消えた方向を見ている騎士の頬が、なぜ赤く染まっているのか、それは誰も知らない。