道行き 1
◆ sideフィーリア ◆
翌朝、グラン爺とクレイグ、それにシドも一緒に馬車の元へ。家族全員が見送りに出てきてくれている。父様と兄ズがちょっと恨めしそうな顔をしてるのは気のせいだよな、うん。
あ、門の脇にシャハザール様がいる。なんだろ?私の見送り?
シドが気付いて、ブラン爺の脇をチョンとつついた。ブラン爺がそちらに目をやると、シャハザール様が祈るように手を組み、頭を深く垂れた。ブラン爺が目を細める。なんだコレ?この二人、知り合いなの?そんなん聞いたことない。
ま、そんなこたぁ後で聞けばいいさ。とにもかくにも、いざ辺境へ出発だあー!
ぞろぞろと護衛の騎士を連れ、ややのんびりとしたペースで、グラン爺とお喋りしながら進む。
グラン爺の魔法の話は面白い。父様は力押しの人だけど、グラン爺は戦争体験もあるし、戦闘では風と水の強力な攻撃魔法を使える。そう言えば、昔水の精霊と契約してたって言ってたっけ。
「そ言えば、水の精霊に名前付けてたんでしょ?なんて名前だったの?」
「む…………ごにょごにょ…………だ。」
「なに?なんて?」
「……メリルだ……。儂の最初の乳母の名をもらった。」
「へー、ん?あれあれぇ?もしかして初恋の人とかかなぁ?」
ついニヤニヤして聞くと、グラン爺真っ赤になっちゃった。やべ、イケ爺の照れる姿、超絶可愛いんですけどー!
シドやクレイグも初耳だったらしく、馬車内にニヨニヨした空気が溢れる。赤面したまま無言でシドにゲンコツを喰らわすブラン爺。あはは、まあそうなるよね。
和やかな雰囲気のまま進んでいると、しばらくして分かれ道に来た。クレイグが御者に合図をし、なぜか馬車が止まる。あれ?休憩にはちょっと早くない?
「さて、儂はここまでだな。」
「え?どういうこと?ここまでって?」
クレイグが馬車を降りて、騎士たちに指示を始める。
「儂は王都にもルヴレフ領にも行かん。家を長く離れることはできんのでな。ここからはお前たちだけだ。御者役を合わせて騎士を三人護衛に付ける。あとはまあ、老婆心と言うか『ジジ心』だな、クレイグを同行させる。」
えええー!ブラン爺一緒に行くんじゃないのー!?え、でもそしたらなんで
「……もしかしてブラン爺、私を連れ出すだけのために、わざわざ来てくれたの?」
「……儂も幼い頃には、自由に旅や冒険をしたいという気持ちがあった。だが立場がそれを許さなかった。お前には思うままに世界を見て欲しいと思ってな。
幸い、お前には自分を守るだけの力がある。アイナどのも付いている。儂はちょっと手を貸すだけだよ。」
ヤベぇ、泣きそう。ブラン爺、大好き!
ブラン爺に抱き着き、よしよししてもらってると、クレイグが扉を開けた。
「馬車の用意ができたようだな。では儂は行くよ。土産話を楽しみにしてるからな。ああ、シドが調査中の奴らについては儂がそのまま引き取るよ。任せてくれ。」
全員で馬車を一度降りる。グラン爺が騎士三人を紹介してくれた。おおう、いかにも強そうだね。でも兜で顔見えね。
「さて、では儂は戻るとするか。お前たち、フィーリアのことよろしく頼むぞ。もし髪の毛一筋ほどの怪我でもさせたら、全員儂がその首を捻じ切ってやるからな。」
ひいいぃぃ~!何てことを!にこやかなまま言うのがまた怖い!あああ母様の祖父ちゃんだっけ納得ぅ。
私とシド、クレイグ、そして三人の騎士で、領都へと帰って行く一行を見送る。
「さ、我々も行きましょう!みんな、よろしくねっ。」
シドとクレイグと馬車に乗り込み、騎士の一人が御者、二人が騎馬で両脇に付き、いざ出発!
「この馬車は、フィーリア様にいただいたコイルバネを使っているのですよ。板バネのほうは、旦那様が乗って行かれた馬車に使っています。こちらのほうが揺れは少ないようですね。」
「そうなんだ。おかげでかなりお尻への負担が少ないよ。職人さんに感謝だね。」
クレイグがふふっと笑った。珍しい。
「感謝と言うならば、皆のほうがフィーリア様に感謝しておりますよ。素晴らしい物を任せていただいたと。職人たちは今、躍起になってバネの研究をしております。」
なんと言うか、そんな素直に賞賛されるとちょっと面映ゆい。前世にあった物作ってるだけだからなあ。
「そっそう言えば、クレイグっていくつなの?グラン爺に長く仕えてるみたいだけど。」
「私は二十九歳になったばかりですよ。小さい頃に旦那様に拾われましてね。二十年近くお仕えしてます。」
「へー、長いねー。奥さんとか家族はいないの?」
「いません。元々孤児ですし、結婚は考えたことがありませんね。」
「じゃあグラン爺が家族なんだね。あ、そしたら私も家族だ。兄ばっかり増えちゃうな。」
にひひ、と笑うと、クレイグはちょっと顔を赤らめた。
「……フィーリア様は不思議なお方ですね。たいていの貴族の方は、私が孤児だと言うと、同情するか顔を顰めるかのどちらかなのですが……。」
「苦労なんて他人と比べるもんじゃないんじゃない?うちの工場でも孤児はいっぱいいるし、生まれを嘆く暇あるんなら、将来を夢見て努力するほうが建設的だよ。」
「やっぱフィー様、変わってんなあ。」
「うっさいよ、シド。」
「そう言えばフィーリア様は、シドの年齢や生まれはご存じですか?もうだいぶん打ち解けていらっしゃるようですが。」
「…………」
あー、そーいうの聞いたことなかったわ。得意な魔法とかは聞いたことあるけど。主としてはちょっとマズいかな?
シドが、はあぁーーーっと大袈裟に溜息をつく。
「フィー様って、ほんっと俺に興味ないよね。」
「そのようですね。未来の夫候補だと言うのに。」
「「は?」」
シドと二人でギョッとする。
「ちょ、ま、何それ?聞いてないよ?」
「何でそんな話になってんだよ!だいたい歳が違い過ぎるだろうが!ありえねえ!」
「シドは今年二十一でしょう?十五歳差なら、特に珍しくもありませんよ。」
なおも二人でクレイグに詰め寄ろうとしたところで、御者席から声が掛かった。
「襲撃です!およそ二十名の武装集団!おそらく野盗です!」
げ、いきなり対人戦闘かよ!やるけど。