アンディ攻略
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柔らかい日差しが窓のカーテン越しに降り注いでいる。フィーリアの部屋の中に、大小二つの人影が重なっている。
長兄のアンディが、フィーリアを膝にのせて絵本を読み聞かせている。
「……そのときウサギが森から飛び出してきました。」
「んなぁえこえぇ?」
「ん?それはね、「う さ ぎ」って書いてあるんだよ。」
「うーちゃーみー?」
「そうそう!フィーはおりこうさんだなあ。すぐに自分で絵本が読めるようになるかもね。」
「うーきゃーみー!」
頭を撫でられキャッキャと笑うフィーリアの愛らしさに、アンディもついデレデレしてしまう。指を差されるままゆっくり文字と言葉を教えると、短い舌で懸命に繰り返して真似をしてくれる。
(ああ、可愛いなあ。こんなに可愛くて賢くて、僕の妹最高だなぁ。ずっとこうしていたい……)
姉はいても、妹や弟はいなかったアンディ。友人たちの下のきょうだいを見ては羨ましく思っていた。そして三歳下に双子の弟たちが生まれた。
「絶対に可愛がる!」と最初は思っていたはずだった。
双子の弟たちも最初は可愛かった。懸命に兄である自分の後を付いてきた。だが、それは僅かな期間だった。
トビアスは、歩きそして走れるようになると、途端に怪獣化した。活発なのは良いがとにかく雑というか乱暴で、家の中じゅうの物を壊しまくり、外に出れば花も木もぶっちぎり、最近は悪知恵もついてきていたずら三昧。
ジョナスはおとなしい質だったが、文字や言葉を覚え始めた頃から様子が変わってきた。あまりはしゃいだり大笑いをすることはなく、本ばかり読んでいる。最近では、どこでそんな言い回しを覚えてくるのか、皮肉交じりの返しが多くなり、うかつにからかうこともできない。
普通に弟たちへの愛情はあるが、溺愛という存在にはほど遠い。それが、八歳下にフィーリアが生まれ、アンディの庇護欲が爆発した。
絵本を一冊読み終えると、すぐに次の絵本をせがまれる。上目遣いでおねだりしてくるフィーリア。かなり長時間抱っこしているので、いい加減足も痺れてきそうだが、その膝上の重さまでもが愛おしくてたまらない。
次から次へと本を取り換えながら、延々と読み聞かせをするアンディは、この上もなく幸せだった。
(可愛い……妹可愛い……小さくて、柔らかくて、いい匂いがして……笑うと花が咲いたみたいで……女の子可愛い……)
フィーリアの前世など知る由もないアンディは、紛うことなき立派なシスコンであった。
◆ sideフィーリア ◆
ふ、チョロいぜアンディ兄様。
現状、独力で勉強するためには本を読むしかない。が、文字が読めない以上、まずはそこから始めねば。
父様はもちろん母様も忙しいし、アリシア姉様は自分の勉強もあるので、なかなか長時間は構ってもらえない。トビー兄は論外だし、ジョナ兄はどこか及び腰で触れ合いが少ない。となるとここは、シスコンだだ漏れで温和な性格のアンディ兄様を一本釣りだ。
絵本をねだり膝上ポジションで文字と言葉を教えてもらえば、私は勉強できるしアンディ兄様のシスコン欲も満たされ、これぞまさにwin-win。シスコン万歳。
それにしても赤子脳の柔らか具合、すごいな。ニューロンかシナプスかはたまたグリアか全く知らんが、覚えたいことがスルスルと頭に入ってくる。これ、転生チートじゃなくって赤子チートだよな。
もし普通の赤子でも、意思を持って「覚えたい」と思えば、みんなチート使えるんじゃなかろうか。アレだ。電車好きの子がナントカ系とか全部言えたり、世界地図好きな子が国旗全部覚えてたりするアレだ。
おかげで文字はだいたい覚えることができた。言葉を繰り返すことで発声の練習にもなってる…はず。舌っ足らずはどうしようもない。頑張れ私の滑舌!
いや、でも絵本もいい加減飽きたなあ。
いつまで経っても絵本ベースじゃ、語彙もなかなか増えないし知識も増えんわ。図鑑や辞書、ちょっとした解説書なんかも読みたいところだけど、アンディ兄様の誘導は……ちょっと難しいかな。
今のお膝学習から、急に学術書とか読み始めたら、正直ドン引きだよね。今の溺愛具合はまだキープしておきたい。
まるきり自分都合で、次なる一手も打っておきたいな。ターゲットはそうだな……子守の苦手なジョナ兄か。
どうもジョナ兄、天才早熟慎重派タイプらしく、あまり赤子である私には近付いてこない。であれば、私がジョナ兄の興味を引く対象になれば良いだけのこと。そうなれば、観察欲込みで色々と本でも何でも与えてくれそうな気がする。そこまでいけば、それはもうシスコンと呼んでも差し支えないだろう。
ふふふ、ここは人生二周目の腕の見せ所。ジョナ兄よ、シスコン沼に引きずり込んでやるぜぃ……