ブランドン邸にて
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「ホントに俺でいいんですか?閣下、あの子のことすげえ気に入ってますよね?」
「気に入ってるからこそ、お前を行かせるんだ。あの性格なら、クレイグよりもお前のほうが気安く使えていいだろう。
いくら知識や発想が優れていても、あの子には世間知が足らん。なにより、幼い。このままでは有象無象に良いように食い荒らされるだけだ。」
「あー、そこはまあ、そうかもですね。まあ、いいですけど。でも閣下、なんで俺が諜報部の人間だってバラしたんです?」
ブランドンは黙ってクレイグが新しく淹れた茶を飲んだ。そのクレイグが、ブランドンの前に膝をつく。
「……旦那様、もしかして、フィーリア様を旦那様の跡継ぎに、とお考えですか?」
「…………」
「へ?あのお嬢ちゃんを?子も孫もすっ飛ばして?」
「……最初はクレアに譲ろうかと思っていた……」
「お嬢ちゃんの母親ですか?じゃあなんで……ああ。」
ブランドンの表情が、苦いものを飲み込んだような顔になった。
「クレアが十七になり、そろそろ話をしようかというときに、赤毛の小僧が現れたのだ。そして周りの反対を押し切って、あの子はさっさと嫁に行ってしまった。そうなった以上、男爵家に引き継がせるわけにもいくまい。
他は皆凡庸で、後を託せる者がいなくなってしまった。だが、ここにきてまさか、こんな面白いことになるとはな。」
「しかし、男爵家がダメなのであれば、フィーリア様も……どこか嫁す相手の見当がおありで?」
クレイグの言葉に、ブランドンはクックッと喉を鳴らした。
「フィーリアはまだ五歳だぞ。あれで五歳だ。十年も経てば、既存の貴族の枠組みなどブッ飛ばして、あいつは自分で身を立てられるだろう。しかも精霊獣まで味方についているときたもんだ。ならば早いうちに力の使い方を学んでもらうさ。儂が元気なうちに引き継いでもらわんとな。」
楽しそうに笑うブランドンを、クレイグとシドは何とも言えない顔で見ている。勝手に後継者とされたフィーリアを哀れと思っているのか、付き合わされる自分たちの未来にげんなりしているのか、理由は定かではないが。
ブランドン・モンユグレは、魔力も学力も高い麒麟児であった。王子という生まれながらの高い身分に加え、広く太い人脈、若くして上げた戦争での功績。
だがしかし、妾腹であり第二王子である自分が目立てば目立つほど、王家内部に軋轢が生じることもわかっていた。だから、兄が立太子されるよりも前に、公爵の位を得て臣籍降下することを願い出た。
誰よりも、兄の治世を望み、そこに野心や二心はなかった。
兄を支えるために政治の中枢へ入ると、当然のように足を掬おう、あるいはその立場を上手く利用してやろうとする有象無象が沸いて出てくる。
それらの下らない輩に表立って対抗しては、国を割る騒動に発展しないとも限らない。ならばどうするか。
ブランドンは、情報というものの重要性を理解していた。戦争でも政争でも、情報を制してそれを最大限に利用できる者が勝つのだ。
人脈を駆使し更に広げ、政敵の情報を手に入れていた。そうして、相手が汚職だの何だので腐りきっていたなら遠慮なく潰す。ちょっとした利権やプライドだけで敵に回っているのなら、上手く相手に恩が売れるように立ち回り、味方とまではいかずとも使える駒として確保しておく。
そうやって過ごしているうちに、ブランドンの情報網は国内外、裏も表も網羅する一大情報網となり、統括するブランドン自身の価値も上がった。
こうなると、自身が政治の表舞台から身を引いたところで、おいそれと無視できない存在となる。
そんなブランドンの悩みはただひとつ。己の作り上げた情報網を、自分の死後に託す相手がいないことだった。
「公爵家がダーウィング家から持ち掛けられた肥料の話、あれはフィーリア様が仕掛けたと旦那様はお考えですか?」
「ふふ、そうだな。開発は間違いなくフィーリアだろう。肥料だけでなく、最近公爵領で出回っている紙や筆記具も、おそらくはフィーリアの発案だろうな。
肥料の普及方法については、最初は三男のジョナスの考えかとも思った。アレもなかなかに出来るらしいからな。だが、勉強ができるだけではああいう小賢しい仕掛けはできまい。
自分の利益を確保しつつ、公爵家にも国にも恩を売ろうとは、何とも面白いやり方だ。誰も損をしとらんのがまた小憎らしい。
もしわしがダーウィング家の者なら、同じように画策したかもな。」
「うぇ~、それじゃあのお嬢ちゃん、閣下と同じ思考回路してるってことですか?」
「これからの成長を一番間近で見ていられるんだぞ。お前にとってこの上もなく面白い仕事だろう?」
「……まあ、閣下がお命じになるのなら、否やはないですけどね。それで主を完全にお嬢ちゃんに乗り換えたとしても、怒らないでくださいよ。」
ブランドンは呵々と笑った。
「それこそフィーリアの才覚次第よ。わしの後を継ぐなら、人の使い方も学んでもらわねばならん。お前程度は顎で使い倒せるくらいじゃないとな。」
「顎……まあ使えるもんなら使ってほしいですけどね。あれで五歳って嘘でしょう?真面目にやりあって、あの体で互角でしたよ。」
「まあ強化魔法くらいは使っていたのではないですか?しかも精霊獣と契約してるということは、攻撃魔法は旦那様並みに使えるということでしょう。それを使わなかったのですから、手加減されたのはお前のほうなのだと思いますよ。」
クレイグの言葉に、シドが鼻白む。
「まあ、せいぜい役に立ってきますよ。……それより、ちゃらおって何なんですかね?当たり前みたいにそう呼ばれたんですけど。」
「……言葉の通り、「ちゃらちゃらした男」ということではありませんか?」
「うむ、言い得て妙だな。なんとも変わった渾名の付け方だが、しっくりくるのがまた面白い。」
「……俺、名前覚えてもらえるんでしょうかね……?」




