ひい祖父ちゃん
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チャリィン カカカッ キンチィーンカキッ
静かであるはずの庭園に、刃を打ち合う甲高い音が響く。
右手に大型ナイフを持った若い男と、両手に小振りのナイフを携えた幼女が、庭園の真ん中で激しく刃を交わしている。
真剣に闘っているはずなのに、なぜか二人とも、踊り場のようになっている円形の石敷きのスペースからはみ出ることはない。まるで庭だけは荒らすまい、としているようだ。
しばらくやりあっていると、庭園の奥からのっそりと巨大な白狼が姿を現した。それに気付いた若い男が、一瞬ぎょっとして動きが止まった。が、幼女はその隙を突くでもなく
「手を出すな!アイナ!」
と白狼に一喝すると、改めて男に向き直った。
なぜか二人ともニヤリと笑みを浮かべる。そしてすぐにまた、剣戟を繰り広げ始めた。
そんな二人の様子を見ていた白狼は、そっと庭園を囲むように、遮音結界を張る。そのまま寛ぐように伏せをし、大きな欠伸を一つした。主が楽しんでいるのであれば、なんの問題もなかった。
庭園に老人が一人やってきた。一心に闘っている男と幼女、それを囲むような遮音結界、その脇には巨大な白狼。老人はしばし闘いを見ていたが、やがてそれを指さし白狼に向かって
「アレ、ずっとやってるのか?結界はあなたが?」
と問うてきた。白狼は頷いてまた一つ大きな欠伸をすると、結界を解除した。剣戟の音が聞こえてくる。
集中し過ぎて周りの様子に気付かず剣を振るい続ける二人。
「やめんかあっ!このバカ者どもがあっ!」
老人の大喝一声に、驚いた二人が思わず尻餅をつく。
「二人とも付いてきなさい。狼どの、あなたもこちらへ。」
二人と一匹は、大人しく金髪の老人のあとを付いて行った。
◆ sideフィーリア ◆
前公爵邸の一室、さっき覗いてた三階のバルコニー付きの部屋に通された。部屋には真面目そうな従者が待機していて、お茶の用意をしている。
老人はさっきと同じソファーにどっかと座り、私とチャラ男はその前で正座だ。アイナは私の横で普通にお座りしてる。
「で、お前は何をやっとるんだ?シド。」
「あ、えーっと、侵入者を捕まえようと思ったらですね、こんなナリなのに強くてですね、そのうち何と言うか、面白くなってきちまいまして……」
老人が呆れたように溜息をつく。
「まあ、お前は後でいい。じっくり説教してやる。
で、お嬢さん、あんたは一体何者なのかね?」
んっ!ここはちゃんと淑女の礼を!
「お初にお目にかかります。イヴァン・ダーウィング男爵が五子、フィーリア・ダーウィングと申します。五歳です。どうぞよろしくお見知りおきくださいませ。」
言葉はいい、言葉は。自分が正座してんの忘れてたよ。これで三つ指ついて礼、って、日本人かよ!せめて立てば良かったあっ!
「この度、ブランドン・モンユグレ前公爵閣下にお願いしたい儀がございまして、ご挨拶に参りました。閣下におかれましては是非ご検討いただきたく……」
「ああいや、そういうのはいい。普段通りに喋れ。……お前がフィーリアか。クレアからの親書は届いてる。かなり分厚い手紙だったが、なるほど、聞きしに勝るやんちゃ娘のようだな。まさかうちに忍び込むとはな。」
「げ、な~んだ。バレてんのかぁ。んと、じゃあ、なんて呼べばいい?『ひいお祖父様』でいいの?」
「好きに呼べ。それより――」
「ひいお祖父様ぁ!?えっそれじゃこの子ブラン閣下のひ孫ぉ!?」
チャラ男に話をぶった切られた。あ、ひい祖父ちゃんのゲンコツが。このチャラ男、トビー兄と系統一緒かも。嫌いじゃないわ。
「フィーリア、こっちへ来て座りなさい。茶でも飲みながらゆっくり話をしよう。シドはそのままそこに座っとれ。」
優しい目になった。モンデールの祖父ちゃんはサラサラ金髪で緑目の熊だったけど、ひい祖父ちゃんはゆるウェーブ金髪で赤目がキレイ。赤目って初めて見たかも。ひい祖父ちゃんも体デカくて熊っぽくて、もうこれは血筋だね。
向かい合わせのソファーに座ったら、真面目君がお茶を出してくれた。そのまま間近でじっと見られる。なに?
「……旦那様によく似ておられますね。緩やかに波打つ金髪も、瞳の色も限りなく赤に近い紫で。目元や口元も、旦那様の面影がございます。」
似てる?私とひい祖父ちゃんが?思わずキョロキョロする。あっ、鏡あった。鏡に駆け寄り覗き込むと、すぐ隣にひい祖父ちゃんも来て並んで鏡を見た。
……うん、髪の感じや目の色もだけど、何となく全体の雰囲気似てるかも。なんとなく嬉しくてニマニマしたら、ひい祖父ちゃんもニマニマしてた。鏡の中で目が合ったら、ちょっと赤くなって目を逸らした。
なんだよ、可愛いとこあんじゃない。ふふ、仲良くなれそう。




