敵か味方か
◆ sideフィーリア ◆
『国内に於ける要人・重要人物保護の為の名義人秘匿法』ってやたら長い名前のこの法律は、戦時中の協力者や亡命者なんかを保護するために作られた法律だった。
彼らも逃げてきた直後は亡命先の国に面倒見てもらえるけど、いずれは経済活動をして自立しなければならない。その時に、名前や出自がオープンになってしまうと、元いた国や組織から命を狙われる事案が発生しかねない。それを避けるために、正体不明のまま経済活動を行える、という法律なのだ。
なんでこれを私が利用(悪用?)できるかと言うと、条文の中に、適用者を外国人に限る旨の記載がないから。まあ、国内の組織対策に使うためにわざと入れなかったんだろうけど。
でも私がコレを使うとなると、ちょこっとだけハードルが上がる。
「保証人?」
「はい。戦時中は主に国が保証をしてきたのですが、個人での適用となると、おそらくはかなり社会的身分の高い方の保証が必要になるでしょう。」
「父様、男爵なのにダメなの?」
「ぅうむ、たかだか下位貴族だからな。保証人としては認められない可能性が高い。」
「モンデールのお祖父様は?あ、元副神官のシャハザール様って手は?」
「お祖父様はもう伯爵を引退して無位でいらっしゃるし、教会関係者は政治活動には関われないのよ。せいぜい孤児の後見くらいね。」
「あー、経済じゃなく政治関連て扱いになっちゃうのかあ……。でも他に私の事わかってる人いなくない?」
「……それでね、フィーリア。相談なんだけど……」
母様が言い淀む。
「前モンユグレ公爵とお会いして、あなたのことを話してみない?あなたのひいお祖父様にあたるのよ。」
ひい祖父ちゃん!そうか、母様のお祖父さんか。
「あれ?でも『前公爵』なら、お祖父様と一緒で今現在の肩書きなくない?高い社会的身分とかないんじゃないの?」
「いえ、ブランドン・モンユグレ前公爵閣下は、今でも国のご意見番的立場におられます。役職こそございませんが、その影響力は下手すると宰相よりも上でしょう。」
いや、それ、余計に怖いわ!何なのそのフィクサー爺ちゃん。
「んー、保証人としては最適なんだろうけど……。その、人柄というか性格というか、それはどうなの?権力者にいいように使われるのだけは避けたいんだけど……」
あれ?三人とも黙り込んじゃった。何なに?ヤバい人なの?
「あー、いや、お人柄は何の問題もないんだが……」
「ええ、人格者と言っても差し支えないと思われます。」
「そうね。立派な方よ。ただねえ……お祖父様、私のこと可愛がってくださってたから……」
ん?えーと、ひい祖父ちゃんの長男が今の公爵で、次男のモンデールのお祖父様が伯爵家を名乗って今は母様の兄に家督を譲って、母様は父様のところにお嫁に来てて……あれ?なんかおかしくないか?
「……ねえ、なんで伯爵家のご令嬢の母様が、領地も持たない男爵家の父様にお嫁に来たの?爵位、二つも下よね?男女逆ならまだある話なんだろうけど。」
ピシっ!と空気が凍る。
あー、これかー。クリティカルヒットしちゃったわ。つまりは可愛い孫娘がたかが男爵家に嫁入りしたのが気に食わなくて、疎遠になっちゃってる、ってことなのね。
「ええっ?それで私今までひいお祖父様にお会いしたことがなかったんですのっ?」
「そっそれはっ!父様!今からでもひいお祖父様に誠意をお見せしなければっ!」
「関係改善と信頼関係がないのであれば、僕はフィーリアのことを話すのは反対ですっ!」
アリシア姉様もアンディ兄様もジョナ兄も、公爵……いや、前公爵か。そことの確執の話は初耳だったようだ。
トビー兄も初耳なんだろうけど、マーサと二人でお菓子を食べている。こういうとこ大物感あって私は好きよ、トビー兄。
侃々諤々しつつも、色々な条件を考えると、他に保証人は考えにくい。ということで、前公爵閣下にまずはご機嫌伺いの手紙を出すことに。もちろん書くのは母様。
ひい祖父ちゃん、ねえ……
クダンに教えてもらった隠密系の魔法、かなりイケてると思うんだよね。今まで誰にも見破られたことないし。
で、転移魔法も使えるけど、行ったことないところには飛べない。ということは、前公爵邸のある公爵領都ユグレリアに一番近いのは伯爵領都だから、まずはそこまで飛んで、そこでアイナ呼び出して前公爵邸まで乗せてもらうのが一番早いかな?
敵情視察は基本だよねっ。




