番外編4 男爵家の秘宝
◆ sideダルトン ◆
先代様、ゴールデルン様は、鬼神のような方だった。普段はおおらかで太陽のような方なのに、一度戦場に出ると、自分の腿より太く分厚い大剣を振り回し、敵を一蹴する。
奥様もまた強かった。アマリア様は弓の名手で、遠く離れたイビルバットを魔力を乗せた矢で一撃で射貫く。
お二人のコンビは、戦場でも狩りでも負け無しだった。
「引退……でございますか?」
「ああ、イヴァンも子が生まれた。いつまでも狩り尽くしでもあるまい。代官として、上に立ってもいい頃合いだ。」
「しかし、旦那様も奥様もまだまだお元気で……」
「勘違いするなよダルトン。『隠居』ではない。あくまでも『男爵』『代官』を引退するだけだ。」
「では、この後は……?」
「アマリアと二人で国内を回って、狩人たちを鍛えようかと思ってる。アマリアも納得済みだ。」
「それは、また……」
私は言葉を飲み込んだ。ダーウィング夫妻と言えば、今の若い狩人たちの間では伝説に近い人物だ。そんな彼らに鍛えてもらえるとなれば、引く手あまたに違いない。
こうして、ダーウィング家は代替わりをし、私はそのままイヴァン様にお仕えすることとなった。
ゴールデルン様ほどではないが、イヴァン様も事務仕事が少々……いやかなり苦手のご様子。ゴールデルン様は捕まえられなかったが、イヴァン様は辛うじて二回に一回は抜け出す前に捕まえられるので、まあ、良しとしよう。
引退して旅に出たご夫妻は、どこでどう情報を仕入れてくるのか、クレア様のご出産のときには必ずロクス村に現れた。最後にいらしたのは、フィーリアお嬢様のご誕生のとき。
ゴールデルン様と旦那様とクレア様のお父君パーシー様。お三方で熊のようにウロウロするのも既に見慣れた光景。
お生まれになったフィーリアお嬢様を見て、滝のように泣くのもこれまた見慣れた光景。どうしてこのお三方、お強いし熊のような見た目なのに、こんなに涙もろいのだろうか?
「お優しい方たちですから」とマーサは言うが、優しいのは違いないが、どちらかと言うと感情の振れ幅が大きいだけで……これ以上は主批判になりかねないのでやめておこう。
フィーリアお嬢様は、不思議な子だった。ジョナス坊ちゃまに負けず劣らず聡明なのは早くから露見していたが、魔法の才能然り、筆記具や肥料を開発した発想力然り、聡明の一言だけでは理解不能だった。
だが、お嬢様の一番の才能は、『努力を惜しまない』ことだと私は思う。
発想が優れているからと言って、何の苦労もなく商品を生み出しているわけではない。何度も何度も実験を行い、試作を繰り返し、そうした結果として様々な商品が誕生している。
戦闘の訓練もまた然り。地道に体力作りから始め、素振りを欠かしたことはない。そんなお嬢様に、体に合った武器を仕込みたくなるのも自然なこと。いずれはナイフの扱いもお教えしたいところだ。
魔法の訓練も決して手を抜かない。初級の攻撃魔法だけは教えたが、お嬢様自身、自分の魔力の強さを自覚しているのか、威力を上げるのではなく細かく操作することに重点を置いて訓練している。
まったく、血は争えないと言うことか。
旦那様と奥様がお嬢様に望んでいる未来は、どうもそれぞれ方向が違うようで、時折夜中まで話し込んでいるようだが、私としては、お嬢様が次に何をやらかそうとしているのか、楽しみでしょうがない。
もしかすると、親ではないから真剣みが足りないのかも知れないが、年甲斐もなくワクワクしてしまうのだ。
だがしかし、アレだけはいただけなかった。
「お嬢様、いくら何でもやりすぎでございます。」
ある日、突如として大きく立派な屋敷が現れた。旦那様曰く「フィーリアが必要に迫られて建てた」そうだが、旦那様は事態をわかっていらっしゃるのだろうか?
「え?え?やりすぎ?」
「はい。お嬢様は魔力鑑定の結果を含め、色々なことを隠そうとしていらっしゃるのでは?それが田舎のこととは言え、一晩でこんな大きな屋敷を建てたなど……。人目が無いわけではないのですよ。噂にでもなったら、否が応でも目立つことになります。」
「それは……じっさいは一晩じゃないし……」
小さな声でモゴモゴと言い訳をするお嬢様。叱っているわけではない。窘めているんだ。お嬢様をお守りするために。
「その……ゴメンナサイ……しんぱいしてくれてありがとう。気を付けるね。」
ああもう!そんな風に言われたら!
「執務室の隣に、小さな家事室を作ってください。私がいつでもお茶とおやつをお出しすることができるように。」
「うんっ!」
私は間違っていた。
お嬢様の一番の才能は、『人たらし』だ。




