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神官来たる

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆




 フィーリア・トビアス・ジョナスの三人は、いつものように準備体操を終え、屋敷周辺のランニングをしていた。村はずれに繋がる道の奥から、一台の荷馬車がやって来る。


「あれ?あのばしゃ、うちに来るばしゃかな?」

「今日誰か来る予定あったっけ?」

「荷馬車だけど、商人の来る日じゃなかったと思うよ。御者も見たことない人だし。」


 荷馬車がスピードを緩め、荷台から誰かが飛び降りてきた。一直線に三人の元へ駆け寄る。


「フィーリア様!トビアスくん!ジョナスくん!久し振りー!」

「「「シャハザール様!?」」」


 荷馬車と共にやって来たのは、モンデール伯爵領都デールラントの教会にいた、副神官長シャハザールであった。




 応接室に通されたシャハザールと向かい合って座っているのは、クレアと双子とフィーリア。イヴァンは今日はヨデル村の狩人の指導に行っていて不在だ。


「お久し振りです、シャハザール様。先触れもなく、突然どうなさいましたの?」


 クレアの言葉に含まれた僅かな棘を感じ取り、子供たちとシャハザールが肩を竦めた。


「いや、その、やっと準備が整ったのでね。」

「準備?いったい何の準備ですの?」

「もちろんこの村(ロクス)に移住する準備だよ!」


 クレアが目を見張る。子供たちも目と口をぽかんと開けてシャハザールを凝視した。


「私が二十年前に立てた仮説が、立証されたんだ!全属性は無色として現れる!これはおそらく、偏りなく全ての属性に適性があるということだ!高い魔力を持つ人間は、精霊に好かれる傾向にある!つまり、いずれフィーリア様の元にも精霊が現れ、いわゆる『精霊付き』になるはずなんだ!私は、創世神と精霊に使える者として、精霊を研究する者として、その時立ち会わなきゃならない!そのために、副神官長を辞め、この村でいち神官として生きることに決めたんだ!」


 一気に胸の内を捲し立てたシャハザールは、満足気だが、ちょっと息が荒い。

 クレアと三人の子供は、互いに顔を見合わせた。その表情は、どこか気の毒そうに見える。


「……シャハザール様……」

「なんだい?クレアちゃん。ああ、引き継ぎならちゃんとしてきたよ。神官長にも他の神官にも、自分はロクス村に骨を(うず)める!と宣言してきた。」

「いえ、あの」

「暮らしなら心配いらないよ。子供たちに読み書きを教えて、あとは教会の裏で畑でも作れば、食べていくくらいは何とかなるさ。」

「シャハザール様!そうではなくて!」


 クレアのきつい口調に、やっとシャハザールが口を閉じた。


「その……この村(ロクス)には教会がないんです。隣の、ヨデル村にもポサ村にも。」


 シャハザールが愕然とする。そのまま真っ白な灰になってしまいそうだ、とフィーリアは心配した。




「ねえシャハザール様、なんで私だけ『様』付け?母様にも『ちゃん』付けなのに。」


 落ち込んでいるシャハザールを客間に案内し、フィーリアが聞いた。


「……え?ああ、そりゃフィーリア様は賢者の再来だからね……『ちゃん』なんて呼べないさ……」


 シャハザールが力なく答えた。そのままぽすりとソファーに腰を下ろす。フィーリアの目が吊り上がる。


「あのねえ!そーゆーのやめてくれる?のうりょくをかくすためにシャハザール様にかんていおねがいしたんだから!()()()()()()()()()なんだから、()()()()()の意味くらいわかるでしょ!」


 その剣幕に、シャハザールは驚いたようにフィーリアの顔を見つめた。やがて眉尻を下げ、俯く。


「あ、そ、そうだよね……ごめんね。私にも、その……『様』付けはいらないよ。もう副神官長でも何でもないしね……はは……」


 フィーリアは、一つ溜息をつくと、シャハザールの隣に腰を下ろした。


「あのね、一つていあんがあるの。私の元ではたらく気はない?」

「……え?働く……?」


 顔を上げてフィーリアを見つめる。


「そう。私をかんさつしたいんでしょ?なら私の力になってほしいの。しんかんの(くらい)は失ってはいないんでしょ?教会はないけど、しんかんのたちばのまま、やってほしいことがある。」

「やってほしいこと……って、いったい何を……」

「こじをあつめて、せいかつのせわと、きそ的なべんきょうをおしえてあげてほしい。にちじょう的な読み書きけいさんにこまらないくらい。人をそだてたいのよ。」


 フィーリアはニヤリと笑った。人材不足の状態で、シャハザールの存在は渡りに船だった。孤児を集めても、教師役をどうやって確保するか、が問題だったのだ。

 神官と言う肩書を持ったシャハザールであれば、孤児院をまとめるのに最適であろう。孤児の養育と教育は、神官の本分と言ってもいい。


「とりあえずとり急ぎ、こじいんを用意するわ。そこで、こじたちのよういくときょういく、やってもらえるかしら?もちろん、あいた時間で自分のけんきゅうもしてもらってかまわないわ。」

「私が……人を育てる……研究も続けられる……」


 シャハザールの目に生気が戻って来た。


(落ちた。まあ、完全な善意と思い込んでるみたいだけど、結果的に孤児の自立に繋がるなら文句はないよね。別に、うちの工場以外で働きたいって言うならそれでもいいし。そこら辺の適性は見極めるつもりだけど。)


「……やらせてください。是非お願いします!ああ、なんて素晴らしいんだ。フィーリア様に精霊の恵みがあらんことを!」


(……この人、ワッカやアイナやクダンのこと知ったらどうなっちゃうんだろうか?……当分黙っとこ。それよりも、父様と母様の説得だな。さあて、どうやってプレゼンすっかな。)


 シャハザールが、フィーリアの腹黒さと計算高さを知るのは、まだまだ先のことである。




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