なにがどうなって
◆ sideフィーリア ◆
暇、ひま、ヒマである。
医師による体の確認も終わり、問題なしとはされたものの、怪我の場所が場所なので数日安静にして様子を見るように、と言い渡されてしまった。まあそうよね、頭だもの。
日に数度の食事以外、起き上がることもベッドの上から降りることも許されなかった。いや!いくら赤子とは言えそこまで寝てられないから!
だがしかし、いい機会だ。ここで状況確認だ!
私は「フィーリア」一歳だ。生まれてから今までの記憶……はさすがにないな。でもぼんやりと、おっぱいの匂いとか、鼻が詰まって苦しかったとか、そういう覚えが断片的にある。
くりくり赤毛の熊みたいな父様の顔も覚えてる。紫の目って初めて見たかも。誰も父様を名前で呼ばないから、なんて名前かは知らないけども。
母様もわかる。サラサラの金髪で、優しそうな薄い緑のタレ目。確か父様が「クレア」って呼んでいた。
姉様は、えっと、父様と母様が「アリシア」って呼んでたな。ふわふわした赤毛以外は母様にそっくりだ。
大きい兄様は「アンディ」だ。母様と同じく金髪ストレートだけど、目だけは父様と同じ紫色だ。
アリシア姉様もアンディ兄様も、いつも優しくて大好き。静かな声でたくさんお話してくれるし。
小さい兄様たち……同じ顔してるよな。双子なのかな。二人とも父様と同じくりくりの巻き毛だけど、髪色は黒に近い赤だ。目は母様の緑色。
「ジョナス」兄様、ジョナ兄はあんまり構ってくれない。でも嫌われてはいないと思う。四~五歳くらいなのかな?そのくらいの男の子だと、小さい赤ちゃんってどう扱ったらいいかわかんないだろうしね。慎重派なのかも。
「トビアス」お前はもっと考えろ。お調子者で、いつもやらかしては父様に怒られてる。乱暴だし声大きいから腹立つけど、なんだかんだと一番構ってくれるのがトビー兄なんだよなあ。
さて、ここからが問題です。
一歳の思考じゃないよね、コレ。というか、薄らぼんやりとではあるが、「フィーリア」ではない「誰か」の記憶と知識が、自分の頭の中にあるのが感じられる。「今いる世界」とは違うところで生きていた記憶。
その「誰か」の名前も顔も家族も思い出せないけどそれは確かに自分で、その記憶が前世だとするならば、コレはいわゆる『異世界転生』ってやつなのではないかな?
「フィーリア」の記憶もちゃんとあるから、憑依とか乗っ取りとか入れ替わりでもないだろうし。捨て子を拾ったとかでもない限り、この世界でママンから産まれたんだろうから転移ではなく転生だよね。
そして神やそれに類した存在に会ったこともなければ、大層な使命やら何やらを授けられた覚えもない。
う~む、前世のパーソナルデータが朧気なのって、もしかして転生特典なのかね。そりゃ家族や友人の記憶がはっきりあったら、もう会えない、って喪失感が半端ないだろうし。うん、今の両親や姉兄たちが私の家族。大丈夫。寂しくない。
ああ、それで言うと死ぬ瞬間の記憶もそうか。そんな恐怖が残ってたら、生まれたその時からトラウマ抱えてることになっちゃうもんね。なんで死んだかは知らんけど。
ふと前世の『異世界ブーム』を思い出す。あの手のって、たいてい勇者だの聖女だの魔王だの、そうでなければ「あの乙女ゲームの世界の悪役令嬢に!」みたいな感じだったよなあ。
『勇者ゲー』は初期の家庭用ゲーム機でちょっとやったくらいだし、『乙女ゲー』に関しては一度もやったことがない。
そこまでオタクだった記憶はないから、もしここが『ナニか』のゲームなり漫画なりの世界だったとしても、私にはわからないかも。てかわからない。う~ん。
もしそんなんだったらヤバいよね。自分が登場人物だったら、なんやかやの事件に巻き込まれるのは必須だし、モブだとしても、生活に影響出るくらいの変化をしてしまう世界かもしれない。
対策としては、この世界が『ナニか』と一致したとしても、何とか切り抜けて生き延びて、できれば家族も助けられるように力を付けるしかあるまい。つまりは「成り上がり」か。
よし、とりあえずは自分の能力の確認と、周囲の状況の観察だ!チートとかあると嬉しいなあ。
周囲の会話を注意深く聞いてみる。うん、おおよそ理解できるかな。日本語じゃないということも認識できるけど、フィーリアとして生まれた時から聞いてきた音だから、感覚としてはやっぱり母語なんだろうな。
時々聞き取れない単語もあるけど、前後の言葉でなんとなく想像はつくし、たぶんコレは私の語彙が少ないだけなんだろう。ということは言語チートはナシかあ。残念。
そして、喋ることに関しては、もう自分で笑いたくなるくらいの残念具合だった。まず、びっくりするほど舌が短い。そして口が上手く動かない。いわゆる『喃語』しか出てこないのだ。ああ、情けない……。
一歳までの記憶と現在の観察結果から考えるに、この世界の文化レベルは、う~ん、ざっくり言えば中世ヨーロッパとかなのかなぁ。
母様や姉様は簡素だけどドレス着てるし、執事っぽい爺ちゃんやメイド服のおばさんが、父様のことを「旦那様」って呼んでる。ガラスは存在するのに窓ガラスがなくて戸板、でも夜の室内の明るさは蝋燭とかランプの明かりじゃない。前世基準で考えると、なんだかちぐはぐな感じなのだ。
原因はなんとなく想像できる。
魔法の存在だ。
そう、この世界には魔法が存在している。初めてそのことに気付いたときには、心の中で狂喜乱舞した。いやだってロマンでしょ。
なるべく早く成り上がるには、まずこの魔法を強化をしたいねえ。私に使えるなら、の話だけどさ。
生き抜くために『金』『力』『人脈』『権力』あたりが必要になると考えると、その中で『力』に当たるのが魔法だよね。どう考えても女で赤ん坊の自分は物理弱そうだし。これはもう鍛えるしかあるまい。まあもちろん物理も諦めないけどね。
次に必要なのは……『金』かあ……。年齢的に自分で稼ぐことは難しいし、何かを思いついたとしても、現時点ではそれを伝えることすら難しい。喃語だし。
もし「前世の知識チート」があったとしても、いかんせん現在の文化レベルの知識がなさ過ぎて、必要なのか使えるのか、あるのかないのかすらも判断できない。むむむ、何はさておき勉強が必要だなあ。
まあ、手っ取り早いのは「食チート」だったりするんだろうけど、料理が好きだった記憶も得意だった記憶もないし、いったい私に何ができるというのか……。
ひとつ思いついた!噛まないようにゆっくりと、掌を真っ直ぐ前へと向ける。
「しゅてーたしゅ!おーぷん!」
…………なんも起こらんね…………