トレント讃歌
フィーリア、四歳です。幼い振りは諦めました。
◆ sideフィーリア ◆
トレント!素晴らしいよ!トレント!
偶然に近い形で手に入ったトレント材。一年近くかけて、ジョナ兄とあれこれ研究した結果、これがまあ、一切の無駄のない良素材だった。
樹皮と根は、長時間高温を保てる燃料だったし、それで作ったトレント炭を元にして鉛筆の芯を作ったら、程良い硬さで書き心地の良い芯になった。まあさすがにそのままは使えないので、粉砕して粘土と油をちょっと加えて練ったりはしたけど。
でもそのおかげで、下級紙や現存の上級紙への書き心地は抜群。正式書類以外でのメモ取りや覚え書きなんかには、インクいらずですぐ使える鉛筆が大受け。
今は、硬くなったパンや古い小麦粉とトレントの樹液を混ぜ、消しゴムも開発中。
幹は、ジョナ兄と試行錯誤の末、なんとも滑らかで耐久性の高い美しい紙が仕上がった。しかも作製は、数種類の魔道具で工程を分けることで、少ない労力で作れるように。
結果、ペンの引っ掛かりが少なく、上級紙よりも質の高い紙ができてしまった。あのジョナ兄が感極まって泣いてしまうほど。まあ苦労したからね。
こうなると、生産設備と並行して絶対やんなきゃいけないのが、トレントの養殖?植樹?ともかく!原材料の確保をしなきゃいけない。
推測通り、瘤付き魔石入りの枝を、手に入った二本とも挿し木したら、それが育ってトレントになった……のはいいけど、トレントだよ?動くんだよ?
十日で成木になったのも凄いけど、それまで動かなかったのに、デカくなったら急に瘤が顔になって二本同時に動き出したんで大騒ぎになっちゃった。てへぺろ。
成木からは瘤枝が二本取れるので、生産調整はしやすそうだね。親木を倒して取れる魔石で、大量生産用に開発した製紙用の魔道具も動かせるし、良いことづくめ。
先に商品化してた、金属ペン先とペン軸の売り上げ全部突っ込んで、外部から見えないようにしたトレント栽培スペースと、製紙工場を建てた。母様説得するの大変だったけど、先行投資の重要性訴えたら、何とかわかってもらえた。
こうして私の四歳の誕生日が過ぎる頃には、事業も安定して、我がダーウィング家はちょっとだけゆとりができた。
元々、ダーウィング家の収入は、代官として公爵家から出るお手当と、父様個人での狩人の収入で成り立っていた。
村の主な産業は芋や玉葱なんかの農業。他は、隣接した森に魔物が多く出るので、狩人が倒して、そこから取れる素材や魔石を取引してる。
この『狩人』、国によって呼び方が違う。サウデリア王国では『狩人』だが、隣国バージェガンド帝国やイグナリニエ王国では『冒険者』、他にも『ハンター』などと呼んでる国もあるが、いずれにせよ魔物や害獣を討伐することをメインにしている。
定住の人はたいてい兼業で、まあ、うちのあたりは自警団も兼ねてるし、災害時の救難活動とか、何でも屋的役割もあるかな。
そんなんだから、製紙工場の立ち上げには、製紙作業では跡取り以外の男女を問わず積極的に採用し、原材料のトレント養殖・採取に関しては、守秘契約に慣れている兼業狩人を優先的に採用した。
それでも小さな村が三つあるだけだから、人手不足には違いない。なので、工場はガワだけを大きくしておいて、最初は小規模な生産体制に。従業員が仕事を覚えた頃に、孤児を雇って見習いとして入れて、段階的に工場を拡大していくことにしたのだ。
この方針を決めるまでが、まあ、苦労した。ドドン!と一気に稼ぎたい母様と、孤児受け入れを含むシステム構築をまずは確立していきたい私とで大喧嘩。
結果的には、産業として守秘契約必須なら、しがらみの少ない人材を積極的に雇って、育成したい!というのが決め手となって、私の提案通り段階的に始めることに落ち着いた。
「フィーリアはいつから、孤児の採用とかそういった経営方針を考えてたんだ?」
母様とのバトルで、私の意見を後押ししてくれた父様が、採用基準が書かれた書類を見ながら聞いてきた。
「んー、デールラントに行ったとき、スラムのよこを通ったでしょ。で、ちゃんとしたしごとがあれば、この子たちもじりつできるのになあ、って。もしかしたら、ジョナ兄みたいなすごい子も中にはいるかもしれないのに、もったいないじゃない。」
「そんな前から考えてたのか?孤児の為に?」
「んん、正直、こじのためというよりは、じぎょうをかくじつにはってんさせるため、かもしれない。きぞくの子もこじも、さいしょに与えられるものがちがうだけで、同じきょういくのきかいが与えられれば、しょうらいのかのうせいはいっしょだと思うよ。じんざいがもったいない。」
そう、人材が不足してるのならば、育てれば良いだけのことだ。その中で適性を見極めて、仕事を割り振ってやればいい。
「……孤児にも教育が必要、ということかい?」
「うん。だってじっさい、今でさえ、読み書きけいさんができる子とできない子で、同じこじでももらえるしごとが変わるでしょ?なら、そだてないテはないよ。」
「なるほど、確かに。」
「じぎょうのかくだいには、じんざいをいくせいするのがだいじだと思うんだ。少なくとも、私はうちでやるじぎょうに関しては、それをきほんにしたい。」
「そうか、うん。理解したよ。ただそれならこの「貴族籍のある者は不採用」というのはなぜだ?下級貴族の末席にある彼らだって、身の振り方には困ってるんじゃないのか?」
父様は、書類の該当部分を指さしながら聞いてくる。
「えー、そもそも彼らはさいていげんのきょういくは受けてるじゃない。それに、たとえかきゅうでも、甘ったれたきぞくの子と、後がなくてひっしにべんきょうするこじとでは、いきごみからしてちがってこない?」
「……お前もその下級貴族の子女なんだけどね……」
何ですかその苦笑いは。私はちゃんと貴族令嬢たるべく、日々努力してますわよ!
ま、将来的には末席貴族にも門戸は広げるつもりだけどね。その時は、指導役へと育っているであろう平民への態度で、人間性やその他諸々見えてくるものが多いはず。試金石ってほどのものでもないが、うちは実力主義で行くわよ!




