大人たちの画策
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「やっぱり公爵領都の教会はマズいんじゃないかしら。」
深夜の執務室。テーブルを囲んで、イヴァン、クレア、そしてダルトンも珍しくソファーに座って、自分で入れた紅茶を飲んでいた。フィーリアの魔力鑑定をどう凌ぐかの会議だ。
「そうですなあ……。公爵領都だと、どうあっても話は広まりやすくなるでしょうな。漏洩も少ないですが、コネもございませんし。」
「義兄上のところはどうだ?義兄上なら、話を神官だけで止められるんじゃないか?」
「伯爵領都ねえ……。兄の代になってから、ちょっとトラブルがあって、寄付なんかは変わらず一応継続してるけど、教会とは距離を置いてるみたいなのよね……。」
なかなかと良い案が出てこない。だが、ここで何とかフィーリアの能力を秘匿できなければ、高位貴族なり王家なりにフィーリアを取り上げられ、囲い込まれてしまうのは明白だ。
「いっそのこと、魔力鑑定を受けさせないままにするか?」
「旦那様、それは……」
「それができないから困ってるんじゃない。十歳までに鑑定を受けなきゃ、貴族籍から抜けさせることになるのよ。それなら今のうちに受けさせて、「ちょっと魔力量が多め」くらいで誤魔化すほうが楽だわ。」
執務室に沈黙が流れる。
「……!奥様!シャハザール様は今どちらにおられるか、ご存じではないですか?」
「シャハザール様?神官の?いえ、私はアリシアが生まれた後にお会いしてから、あちらに伺ってないから……。でもお父様なら……」
「シャハザール様がまだ教会にいらっしゃるなら、年齢的にもそれなりの高位におられるのではないですか?前伯爵夫妻はかなり懇意にしていらしたと思うのですが、いかがでしょう?」
「そうか……そうね。お父様も可愛い孫のためなら……」
「まっ待て待て!シャハザールって誰だ?義父上もご存じの方なのか?全く話が見えん!」
クレアとダルトンだけで話が進み、すっかり置いて行かれたイヴァンだった。
「じゃあ行ってきます。」
「気を付けて。義父上と義母上によろしくな。」
クレアは、マーサをお供にモンデール伯爵領へと出発した。御者は、護衛も兼ねて腕利きの狩人に依頼したので、道中の不安もない。
三人での話し合いの後、クレアはすぐに、伯爵領都デールラントに住む父親に手紙を書いた。事が事だけに、詳しい内容は書けず、「相談があるから伺う」としか書けなかった。
もし思惑通りにシャハザールへの繋ぎが取れなかったとしても、前伯爵であり顔も広い父親なら、何かしらの妙案を出してくれるかもしれない。
かなり久し振りの里帰りでもあり、クレアは、状況にそぐわないことはわかっていても、ちょっと浮き浮きしていた。
「いらっしゃい!クレア!元気にしてた?」
「よく来たな。子供たちは元気か?」
デールラントの外れに建つ瀟洒な館。そこがクレアの両親、モンデール前伯爵夫妻であるパーシーとメリーアンの隠居先であった。クレアの兄であるディクソンが結婚すると早々に代替わりをし、悠々自適に隠居生活を送っている。
荷解きもそこそこに、両親の心づくしのもてなしを受け、ホッと一息をついたのは夕食後だった。
居間に場を移し、クレアとメリーアンは紅茶を用意してもらう。メイドがパーシーに酒を用意しようとしたが、
「いや、私も紅茶にしてくれ。」
と断り、素面で話を聞く態勢を取った。人払いをし、親子三人だけになる。
「さて、クレア。相談があるということだが。」
「はい。実は、内密でお願いしたいのですが……」
クレアは、一年前の誘拐から始まる、娘フィーリアの卓越した魔法の才について話し始めた。
「……なるほどな。それは外に知られるわけにはいかんな。」
「ええ。ですから、できれば高位神官お一人だけで鑑定していただいて、その方になんとか守っていただきたいのです。お父様、伝手はございませんか?」
「あら、それならシャハザール様にお願いしたらいいんじゃないかしら?あの方お一人で鑑定できるでしょ?」
「シャハザール様、まだ教会にいらっしゃるんですか?ずっと辞める辞めるとおっしゃっていたので、てっきり……」
「ああ。今はここの教会で副神官長をやってるよ。中央の大神官が賄賂で処分されてな、そのおかげで風通しが良くなって、教会に残る気になったらしい。まあアイツは尖ってるから、神官長までは上がれんだろうがな。」
そう言ってパーシーは呵々と笑った。
(良かった!ダルトンの読みが当たったわ!)
「お父様、ぜひシャハザール様にお願いしてください!」
「いいだろう。可愛い孫娘のためだ。とっておきのワインでも土産にして、話を聞いてもらうさ。」
(魔力鑑定のときには、お父様とお母様もお誘いしましょう。こちらに泊めていただくのもいいかもね。……まあ、イヴァンは気が重いかもしれないけど。)
一度魔力鑑定を受けてさえしまえば、再鑑定されることは滅多にない。シャハザールの協力さえ得られれば、その後は面倒なことにはならずに過ごせるだろう、と、娘を守る道筋が付いたクレアは安堵した。




