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事件勃発

◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇




 ある日、フィーリアはいつものように庭の隅で、こっそり気付かれないように魔法の練習をしていた。今日の子守は、トビアスとジョナスの双子組だが、最近は、敷地内でさほど離れず見える範囲であれば、フィーリアは比較的自由に歩き回っている。

 双子は、珍しく同じ遊びに夢中になっていた。

 「いかにしてブランコからより遠くに着地するか」という、いかにも男の子らしい競技。勘を頼りにトライ&エラーを繰り返し、汗をかきながらブランコを漕ぐトビアス。ジョナスはその横で、地面に何やら計算式や図を書いている。


 やがて、薄っすらかかっていた雲が切れ、隙間から細く日が差した。ジョナスが日の光に気付いて顔を上げる。


「ちょっと休憩しないか?フィーリアにも水分取らせたほうがいいだろう。」

「そうだな。おーい!フィー!おやつにするぞー!」


 いつもなら「あーい!」と、てちてち駆け寄ってくるはずのフィーリアなのに、返事がない。姿も見えない。しばしの沈黙の後、双子は顔を見合わせた。


「フィーリアっ!どこにいるっ!」

「フィー!おい返事しろフィーっ!」


 ついさっきまでいたはずの植え込みの周辺を、敷地のあちこちを、双子は必死で探し回った。しかしフィーリアはどこにもいない。


 フィーリアは、忽然と姿を消した。






「狩人たちと自警団に捜索命令を出す。アンディは俺に同行しろ。ダルトンは家の周辺を見回り、マーサは敷地内だ。あとは家から絶対に出ずに留守を守れ。全員呼び子を持って、不審者を見たらすぐに吹くんだ。」


 イヴァンがてきぱきと指示を出す。そこに留守番を命じられた双子が食い下がった。


「「父様、僕らも連れて行ってください。」」

「ダメだ。相手はおそらく大掛かりな誘拐団だ。対人戦闘になる。」


 きっぱりと却下され、二人は歯噛みする。自分たちが遊びに熱中している隙に、フィーリアは消えたのだ。自責の念で涙がにじんでくる。そんな双子を、クレアとアリシアが抱きしめる。


「大丈夫よ。フィーは強い子だもの。絶対に無事に帰って来るわ。それに父様も狩人たちもとっても強いもの。誘拐犯なんかボッコボコにして、フィーを連れ戻してくれるわ。だから大丈夫。絶対に大丈夫……」


 まるで自分に言い聞かせるかのように子供たちを宥めるクレアの声を背に、イヴァンは捜索へと向かった。後を追うアンディの顔は真っ青でこわばっている。


「大丈夫……大丈夫……」


 フィーリアを愛する誰もが、そう願っている。






 イヴァンは、フィーリアがいなくなった植え込み付近を詳細に調べ、植え込みの乱れ方や周辺の足跡などから、何者かによる連れ去りであると結論付けた。


 家族には話していないが、前日に隣のポサ村とヨデル村でも子供が一人ずつ行方不明になっている。その捜索と並行して、他にも同じ事例がないか、不審者の目撃はないか、近隣の村に問い合わせているところだった。




「子供の行方不明が頻発、他国の人身売買組織の仕業と思われる。注意されたし。」


と、モンユグレ公爵家の騎士団経由で警告文が回ってきたのは、今から四日ほど前のことだ。


 モンユグレ公爵領で国境を接している隣国のバージェガンド帝国は、わが国ではとっくの昔に廃止された奴隷制度が、未だに幅を利かせている。おそらく人身売買組織は、そのバージェガンド帝国に、拐った子供たちを奴隷として売りつけているのだろう。

 バージェガンド帝国と隣接する他国では、口減らしのための売買も普通にされていると聞く。かの国では、誘拐も人身売買も珍しい話ではない。だから犯罪組織が増長する。


 これまでは、国境を預かるモンユグレ公爵領の騎士団が睨みを利かせていたのもあり、人身売買組織が国を越えて入り込む隙はなかった。

 しかし、最近になってバージェガンド帝国の宮中の勢力争いが表面化してきて、国内が荒れ始めた。そのせいで、更に犯罪組織の動き活発になりつつあるようだ。人身売買組織がサウデリア王国まで手を伸ばしてきたのは、その辺りの影響もあるのだろう。

 だが、隣国が荒れようが、犯罪組織が暴れようが、それで何の罪もない子供が拐われて良いはずがない。


 イヴァンは努めて冷静に……なれるはずもない。何よりも大切な家族が、宝物が、自分の手の内から強奪されたのだ。怒りと後悔と憎しみと不安が、胸の中でごちゃごちゃに渦巻く。


「くそっ!フィーリア…無事でいてくれ…」


握り込んだ掌には爪が食い込み、血が出ていたが、イヴァンは気付くことはなかった。




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