王城・隣国・ロクス村
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国境へ向かう日付や、バージェガンド帝国で流す噂の内容、万一開戦となっても対抗できるような軍の配置など、具体的なことを決める前に、一度食事休憩となった。
もっとも、フィーリアや精霊獣の存在は極秘なため、ごく僅かな人間しか給仕に入れないが。
サウデリア王アンドレスと宰相セルゲイ、ブランドンの三人は、テーブルに置かれた地図を見ながら、バージェガンド帝国が侵攻してきた場合のルートについて話し合っていた。
「ブランドン、フィーリア嬢はどうしてる?」
「は、隣室でアイナどのとワッカどのに挟まれて『もふもふ補給』をしております。ガラリアも一緒にいます。」
「ブふっ、なんだその『もふもふ補給』と言うのは。」
「さあ?常日頃「もふもふは正義」と言っておりますからな。幼い子がぬいぐるみを抱えているようなものでは?」
「フィーリア嬢も一応は幼き少女ですからね、ふわふわした物がお好きなのでしょう。」
「癒しが必要なのでしょう。他国に内戦を誘発させることの意味を、あれは正しく理解しております。間違いなく大勢の人間が死ぬ、その端緒を開くのが自分なのです。よくその重圧に耐えているものだ。」
「……自分が情けないですね。あんな少女にそんな責を負わせて……」
「少女……なあ……」
アンドレスは、部屋の中に三人きりにもかかわらず、声を潜めてきた。
「アレは、フィーリア嬢は、いったい何なのだろうな。最初、余は、ちょっと目端が利いて聡いだけの少女と思っておった。だが、全属性と精霊獣様の話を聞き、それがフィーリア嬢の力の源であったのか、と思い直した。が……
……アレは、フィーリア嬢は、違うな。あの子の根幹はもっと違うところにあるように思える。
ブランドン、フィーリア嬢は間違いなく人間の子なのか?ジョシュアはエルフだ妖精だと言っていたが。もしや取り替え子とか……」
「馬鹿を言うなアンドレス!アレは間違いなく儂の血を引いた実のひ孫だ。それ以上言うなら、たとえお前でも許さん。」
睨み合う二人。間に挟まれたセルゲイがおろおろする。やがてアンドレスが、ふ、と笑った。
「久し振りに名で呼ばれたな。」
「お前が「余」とか気取るからだ。名呼びをうっかり聞かれた日には、貴族連中が煩くてかなわん。」
「ふ、確かにな。……フィーリア嬢のこと、重ね重ね済まん。正直、あの才は喉から手が出るほど欲しいが、国を害することがない限り手は出さんと約束しよう。」
「陛下、フィーリア嬢に手を出すときは国が滅びる時ですよ。精霊獣様に脅されるなんて私はもう嫌です。」
「はは、間違いない。」
食事の用意が整ったと、給仕が呼びに来た。
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バージェガンド帝国、国境近くの村外れにある空き家に、レイブンとワーニックがいた。
「いや、あのお嬢様、人使い荒すぎだろう。」
「フィーリアお嬢様の悪口は見過ごせませんね。僕はフィーリアお嬢様のおかげで、祖母の最期を看取ることができたんですから。」
「それは……悪かったよ。会えて良かったな。もう少しゆっくり過ごせればもっと良かったんだが。」
「いえ、言葉を交わせただけで充分です。正直、もう亡くなってるものと思ってましたから。」
「まあな、この情勢だからな。で、ロランはどこへ行ったんだ?」
「あー……また村長さんのお嬢さんのところですかね。何と言うか、あのマメさは尊敬しますよ。」
「アイツまだ十五……だっけか。シドの話だけで南方行き希望するだけのことはあるわ。ありゃ、天性のタラシだ。」
空き家の扉が音を立てて開いた。
「ぬああ!ロランてめえ驚かせるんじゃねえよ!」
「あはは、レイブンさんて案外ビビりですよね。アンゼリカちゃんから差し入れ貰ってきましたよ。食べましょう。」
「おま……はあ、もういいや。食おう。」
三人は車座になって、差し入れのスコーンを食べ始めた。喉を詰まらせながら、安いワインで流し込む。
「あ、レイブンさん、アンゼリカちゃんが「もう村から人がいなくなるから、よそへ移ったほうが良い」って言ってました。」
「は?人がいなくなる?何でだ?」
「なんか村長さんの声掛けで、動ける奴はみんな帝都へ行くんだそうです。」
「っちょ!何でそれ一番に言わないんだ!すぐフィーリア様に知らせないと!」
レイブンは慌てて通信伝言板を取り出し、フィーリアへ報告を始めた。
「アレ、何度見てもすげえよな。」
「ですよね。こんなに離れてるのに、一瞬で連絡できるなんて。」
しばらくビービスでやり取りをしていたレイブンが顔を上げた。ビービスをしまい込みながら、ワーニックとロランに告げる。
「すぐに発つぞ。もう少し帝都寄りの街だ。そこで情報を集めて、ヤバくなったら逃げろって話だ。」
「わかりました。あ、水がちょっと寂しいんで出しなに買っていきましょう。」
「情報集めってことは、女の子に声かけていいってことだよな。へへ、可愛い子いるかな。」
「おま……いや、お前はそれでいいわ。頑張って引っ掛けろよ。」
手早く荷物をまとめた三人は、次の街へと向かった。
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「奥様ぁ、せっかくフィーリアお嬢様の侍女になれたのに、お嬢様全然帰っていらっしゃらないですぅ。やっぱりアレをバラした私のこと怒ってらっしゃるんでしょうか……」
ダーウィング家新入り侍女のメイチャが、半泣きになりながらクレアに訴えてきた。
「落ち着いて、メイチャ。フィーは怒ってなんかいないから。今はちょっと忙しくて帰って来れないだけなの。仕事が一段落ついたら帰ってくるから。」
「でも、でも、シドさんはお嬢様に付いて行ってるじゃありませんか。貴族のお嬢様は侍女を連れて行くものじゃないんですか?」
「それは……シドは護衛も兼ねてるのよ。フィーはあちこち移動することが多いから、強い人じゃないと付いて行けないの。」
「じゃあ……じゃあ!私も強くなります!フランセルさんに特訓お願いすればいいですよね!」
参った。まさかそう来るとは。クレアは何とかメイチャの気を逸らそうとした。
「そうだ、メイチャは魔力鑑定受けた?」
「いえ、両親が、生活魔法だけ使えれば十分だと。」
「じゃあ受けてごらんなさいな。隣の孤児院に行けば、シャハザールが調べてくれるわ。教会で受ける正式なものとは違うけど、仕事をする上で知っていたほうが役に立つわよ。」
メイチャは、不承不承ではあったが、仕事の役に立つならと孤児院へと向かった。
その日の夜――
「奥様、シャルせん…シャハザールさんがお見えになってます。奥様にお伝えしたいことがあると。」
執事見習いのパッセルに案内され、シャハザールがクレアを訪ねてきた。
「やあクレア様、夜分にすみません。」
「別に構いませんけど……何かありましたか?」
「いや、それがね……今日、私のところに魔力鑑定に来たメイチャのことなんだけど……」
(メイチャ?なんだろう?もしかして魔力が無かったとか?ごく稀にそういう人も……いえ、生活魔法は使えると言ってたものね。もし全属性とかならシャハザールはもっと喜ぶだろうし、何だか……困ってるみたいな顔してるわ。)
「実はですね……魔力量が五あります。」
「ええっ!?」
「それでですね……属性の適性がありません。」
「えええええっ!?」
ダーウィング家の夜は更ける――




