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9 真央が見つけた幸せ

 指名手配のテロリスト―― 


 言葉の意味は当然分かる。しかし、アニーの姿から発せられたその言葉が、俺の中にすんなりと入って来ない。


 戸惑う俺に、マオは自分自身の過去を語り始めた……。


「前世でワタシは、世間がカルト……反社会的宗教団体と呼ぶ組織の信徒でした。そこでワタシは破壊活動の実行部隊に所属していたんです」


 破壊活動の実行部隊……。マオが自身の前世を語る言葉は、あまりにも殺伐としていた。


「き、君は何歳いくつだったんだ?」

「23です。と、いってもワタシはいわゆる二世信者で、逃亡生活を始めるまでは教団施設内の暮らししか知りませんでした……」


 マオは「世間を知らない23歳です」と、冷たい笑顔で言った。


 俺は躊躇を覚えつつも、マオへ問いかける。


「破壊活動とは何だ、君は何をしたんだ!?」

「……子供たちも聞いているので詳細は省きますが、捕まれば間違いなく極刑だと聞かされていました」


 法や価値観に違いがあっても、極刑が免れないほどの「破壊活動」の意味するところなど相場が知れている。


「君は何故、そんな事をしたんだ?」

「生まれ変わるためです。教義に従い徳を積めば、来世に幸福が待っていると思っていました」

「人を殺すことも『徳』か?」

「ワタシはそう教わり、育てられました」


 表情ひとつ変えずにマオは言った。


 純粋培養の狂信者。俺は前世でのマオをそう理解した。


「今もその考えは変わらないのか?」

「そうですね……。実際にこうして生まれ変わったわけですし、神の存在も今は実感をもって確信へ至りました」


 アニーの身に起きた出来事を神の御業と考えるならば、マオの信仰にとってそれはまさに奇跡と言えるのだろう。


 無垢な狂信者であるマオに、その奇跡がどんな影響をもたらすのか。どうしたって悪い方へ考えてしまう。


「でも……ワタシが信じていた神様とは全然違うんです」

「……そうなのか?」

「はい。そして、こちらの神がワタシに与えてくれた奇跡は『家族』なんです。孤独な逃亡生活中にバス事故で死んでしまった次の瞬間、意識を取り戻した私には家族がいました」


 俺は「家族」と言ったマオの表情にたしかな温度を感じた。


「優しいお父さんとお母さん、それに可愛い妹。そしてアニーとして一緒に生きていくみんなが、今の……今までのワタシにとって一番大切なものです」

「そうか……。それは良かったな」

「だからもう神に囚われた人生は送りません。現世では家族のために生きていきます」


 それが徳を積んだ結果なのか、信仰の賜物かは俺には分からない。

 それが何であれ、マオが幸せを見つけたのなら、今はそれで良いのだろうと思う。


 そんな事を考えていた俺に、マオは厳しい視線を向け再び口を開く。


「……その上で、貴方に確認したいことがあります」

「確認? ああ、何でも聞いてくれ」

 

 どうやら話が本題に入ったようだ。


「貴方は、今日知ったワタシたち(アニー)の情報をどのように扱いますか?」

「君たちの情報か? まずは支局長に報告して、今後の事も相談しようと思う」


 その時、何故かマオの目に、わずかだが怒りのような感情が灯った。


「それは絶対に認められません、やめてください」


 マオは静かに、しかし強い調子で俺の言葉を否定する。


「何故だ? 俺には調査官としての報告義務がある。それに俺や君たちのこれからのことも、支局長の助力は必須だと思うぞ」


 いずれにせよ、この状況を支局長に報告しないという選択肢が俺に無いのは当然だ。

 だがマオは明らかに納得のいかない様子で、静かに俺を睨んでいる。


「カイルさんは、キスイ村の『チャム』という女の子を覚えていますか?」

「ああ、先日俺が調査を担当した娘だな」


 キスイ村で俺が見つけた紫色のオーラ、つまり予知の属性を持つ少女の名がチャムだ。

 予知と言っても、よく当たる占い程度の能力ではあったが、それでも十分に有益と評価されていた。


「チャムが今どこにいるのか知っていますか」

「なるほど……、君の言いたいことは分かった」


 チャムはその希少な能力を買われ、中央の然るべき機関での面会が決まっていたのだ。

 しかし中央へ向かう道中、賊に襲われ命を落とした……。


 同じキスイ村の年の近い娘が、異能管理局に連行されたまま二度と帰ってこなかったのだ、当局を信用できないのも仕方ない。


「君がチャムの一件で、異能管理局に不信感を持っていることは理解した。しかし――」

「チャムは生きています」

「は? ……い、いや、そんなはずは無い!」

「いいえ、これは天の声の情報なので間違いありません」

「で、では彼女は、チャムは今どこにいるんだ!?」

「チャムはブルーダ教の本部に囚われています」

「なんだと!?」


 ブルーダ教は、近頃その思想が問題視されている、曰く付きの新興教団だ。

 際どい手段で信徒を増やすなど、悪質な運営実態もあり、公安局の監視対象になっている。


「な、何故チャムがそんな事に……」

「支局長のドルス氏に売られたんです」

「――――!! 馬鹿な……」

「チャムだけではありません。支局長によって、いままで何人もの異能者が闇の市場に送られています。チャムはまだ子供なので、保護者の目を誤魔化すために死んだことにされたんです」

「…………」


 ――俺はマオの話をどう捉えるべきなんだ?


 今更チカの能力を疑う道理はない。だが、俺には支局長との信頼関係がある。

 冒険者の夢が絶たれ、途方に暮れていた俺に生きるすべを与えてくれたのは支局長だ。

 俺の目を高く評価し、十分な給料も与えてくれた。そこから積み重ねられた年月もある。


「……一度、支局長と話をさせてくれ」

「ダメです」

「もちろん君たちの事を話すつもりは無い。ただ君に聞いたことを支局長に問い質すだけだ」

「情報源はどう説明するんですか?」

「それは……」 


 たしかに根拠も証拠も示さず出来る話ではない。


 いきなり「貴方は異能者を売っているんですか?」などと聞いたところで、どうなるというのだ?


 結局は俺が支局長を信じたいだけなのだ、仮に支局長が全てを否定したとしても、天の声の信用が揺らぐわけではない……。


 答えの出せない俺を尻目に、マオは淡々と話しを続ける。


「チャムはアニーの友達です。友達をひどい目に合わせている管理局も支局長もワタシたちの敵です。陽子さんたちがそれでもワタシたちの秘密を話したのは、天の声が貴方のことを善人だと言ったからです」

「……そうか」

「でも、ワタシと由香は他のみんなほど楽観的ではありません」


 マオはそこで一つ息をつき、まっすぐに俺を見る。


「妹だけは絶対に、ワタシたちが守らなければいけないんです」

「何故そこで妹が出てくるんだ?」

「妹のリディには、まだ発現していない、『霊視』の異能があります」


 発現前の能力を知ることなど、俺にも不可能であり、天の声のなせる業と言うほかない。


「霊視は、信仰を利用し、勢力を伸ばそうとしているブルーダ教にとって、見逃せない有用な能力です。リディがカルトの手に落ちる可能性を、ワタシは絶対に許容出来ません」


 俺を見るマオの目に、これまでになく鬼気迫るものを感じる。


「それで、君はどうしたいんだ?」

「支局長はワタシが始末します」

「シマツ……はっ!! 支局長を殺す気か!?」

「すでに刺客は送りました」

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