4 新たな勇者
俺の立場でどこまで話していいのか分からないが、彼女たちとは出来るだけ誠実に向き合うべきだと考え、俺の知っている事はそのまま伝えることにした。
「これは、ここだけの話にしてほしいんだが、先日、勇者が聖剣を失い、そして勇者の仲間でもある聖女の行方が分からなくなるという事態が起きたんだ」
これは、ひと月ほど前に戦地から逃げ帰ってきた、戦士と魔導士からもたらされた情報……とのことだ。
「知ってる」
「な!? お、驚いたな……、そんな事まで知っているのか。一応これは重要機密扱いの情報なんだがな」
俺が知ったのも先月の事だ。
「……ごめんなさい」
「い、いや謝る必要はないさ。君は何も悪くないのだからね」
やはり彼女たちに下手な嘘など通用しない。あらためてそう確信し、話を続ける。
「一時は行方知れずだった勇者はその後、遠く離れたどこかの山中で発見されたらしいんだ。が、もともと人望もなく、人格的にも問題が多かった彼の勇者としての資質を疑問視する声が、中央で強くなっているという話なんだ」
「わたしには関係ない」
「もちろんだ。しかし、そんな矢先に光属性を持つ君が、地竜を撃退して見せた。つまりそれは、君が新たな勇者である可能性を見せたという事でもあるんだ」
しかも彼女は、たった数時間で地竜を含む150匹以上もの魔物の群れを率いてしまう稀代のテイマーでもあり、複数の稀有な能力や属性を合わせ持つ、特別な異能者でもあるのだ。
現状において彼女は異能管理局の、いや、世界にとっての最重要人物と言ってもいいだろう。
「…………」
ユイは困ったような顔で、考え込んでしまった。
いきなり「君こそ新たな勇者だ!」などと言われたのだ、当然だろう。
「……陽子さんに変わってもいい?」
しばらく黙って思案に暮れていたユイが、不意に口を開いた。
「ヨーコ? どうしてだい?」
「難しい話は大人同士のほがいいと思って……」
さっき少しだけ話をした前世が、ヨーコという名だったはずだ。
「了解だ。では早速ヨーコと変わってくれるかい?」
どのみち、全ての前世と話をつけなければいけない。
「うん。わかった……」
ユイがそっと目を閉じる――。
――アニーのその神々しい光のオーラは、再び鮮やかな薄桃色に変わっていった。
「……お疲れ様。年頃の女の子とお話しするなんて、オッサンには苦行よね」
変わるや否やヨーコは軽口をたたく。
「俺はまだ25だ」
「あら、意外と若いのね。天の声もあなたの年齢までは教えてくれなかったわ。まあ必要ないものね」
彼女たちにとって「必要な情報」とはなんだ? 基準でもあるのか?
「由衣ちゃんは、ちょーと気難しくて誤解されやすそうなトコロはあるけど、実はとってもいい子なのよ」
「分かっている……。今となっては尊敬すらしている」
「あら、そうなの?」
彼女の勇気は尊敬に値する。
「由衣ちゃんってね、ほんとに優しい子でね、妹ちゃんの世話を焼くのが大好きで、この前なんかも妹ちゃ――……あーもうゴメンゴメン。由衣ちゃんに怒られちゃったわ」
ヨーコは「なんにも悪いこと言ってないのに、なんで怒るのかしらね」と言いながら肩をすぼめてみせた。
「それで、何の話だったかしら。アタシは前世では夜のお店で働いていた関係で、あなたみたいなオジサンとのコミニュケーションは得意分野なの、だから安心していいわよ」
「だから、俺はまだ25だと……」
「ちゃんと言い方を変えたじゃない?」
「『オッサン』が『オジサン』に変わっただけじゃないか!」
チカやユイとは全く別の意味でやりづらい。なんだか手玉に取られている気がする。
「もういい、キリがないから話を進めるぞ」
「どうぞ」
ヨーコは胸のあたりで腕を組み、足を組み替えると、小首を傾げるようにして俺の目をジッと見つめる。
中身が大人の女だと分かってはいるが、16歳にしてもやや幼く見えるその容姿と仕草とのギャップに少々困惑してしまう。
考えても仕方のない事なので、俺は話を切り出す。
「君たちが次代の勇者候補、という話だ。異能調査局を通して、中央の然るべき立場の方々と会って欲しいんだ」
「…………」
ヨーコは言葉を探すように宙を見つめると、一度息をつく。そして、
「結論から言うわね『お断り』よ」
俺の提案をヨーコはキッパリと端的に拒絶した。
「……理由を聞かせてもらえるか」
「一番の理由はアタシたちが嫌だということ。これはアタシたち7人の総意よ」
「7人? 8人ではないのか?」
チカは「前世は8人」と言っていたはずだ。
「一人は意思を確認することが不可能なのよ。もうっ、そんな事は今はどうでもいいじゃない。話を続けるわよ」
「分かった。続けてくれ」
とりあえず、今は話を聞こう。
「もう一つの理由は、アタシたちがわざわざ勇者になる必要がないって事。だって――」
「待ってくれ、必要ならある! 今は世界が君を、新たな勇者を必要としているんだ!!」
彼女たちは自分の存在価値をまるで分っていない。俺はそう思った。
「だから、いちいち話の腰を折らないで。いい、続けるわよ?」
「……すまない。続けてくれ」
俺は思いの丈を一度飲み込み、黙ってヨーコの話を聞くことにした。
「あのね、よく聞いて。新しい勇者はもういるのよ」
「……は?」
い、今なんて言った? 俺の聞き間違いか??
「ちなみに、聖剣はその新勇者様が持ってるらしいわ」
「ど、何処にいるんだ……」
「なんかねぇ、今はフルウースって街でレストランを開くためにいろいろやってるらしいわよ。変な話よね」
「レ、レストラン……」
レストランってなんだ? 食堂の事か? 何故、勇者がレストランなんか????
「あ、そうそう。聖女ちゃんもその新しい勇者様と一緒にいるそうよ。なんか聖獣ってのもいて、ついでにとっても強いおまけも仲間にしたんですって」
聖女も一緒? 聖獣? 強いおまけってなんだ? 誰の事だ?
「そ、そそ、それは全部本当の事なのか!?」
し、信じていいのか?
「当たり前じゃない。千佳ちゃん情報よ、天の声よ。え?――……千佳ちゃんが『チートスキルを舐めないで下さい』って言ってるわ。どういう意味?」
世界をひっくり返すような重大情報ではないか!!
「そ、その話をお偉方にも伝えなければならない。やはり一緒に中央に行って君の口から説明してくれ」
俺がいきなりこんな事を言っても、信じてもらえるはずがない。
「だから嫌だって言ってるでしょ、もう勇者はいるんだから、ほっとけばいいじゃない」
「し、しかし」
そういう訳にはいかないだろう。い、いいのか?
「あー、言い忘れてた事がまだあったわ。聖剣がパワーアップしたそうよ。えっと……『光と闇の聖剣』だったかしらね。なんか凄そうよね、もう意味が分かんないもの。だからアタシたちが出る幕なんて最初っからないのよ」
…………もう、俺がどうこう口を挟む問題でもない気がしてきた。
「それと、もう一つあなたには言っておかなきゃいけない大っ事な話があるわ」
「まだ何かあるのか……」
もう勘弁してくれ。
「あなた、あ、『カイル』って呼んでもいい?」
「……好きに呼んでくれ」
「カイルも勇者様の仲間の一人なのよ」
……………………。
「……は?」




