2 千佳と天の声
「た、多重前世?」
まるで聞きなれないその言葉に、俺はオウム返しをするしかなかった。
「そう、多重前世」
「それは、なんだ? どういう意味だ?」
俺は当然の疑問を、そのまま言葉にした。
「んーと、アタシじゃうまく説明できないから、もう一度、千佳ちゃんに変わるわね。千佳ちゃん、もう一回がんばって……」
アニーはそう言うと、そっと目を閉じた――。
――魔力の波が広がると共に、薄桃色だったオーラが再び無色透明に変質した。
「わ、わ、わわ……ちょ、ちょっと、よーこさ~ん……」
オーラの色だけではない。 アニーの様子が、さっきまでの「チカ」に戻っている。俺にはそう見えた……。
「「…………」」
お互いが見つめあったまま、しばし沈黙の時間が流れる。
「うわぁッ!! に、睨まないでくださいぃぃ!!」
「す、すまない。睨んだつもりはないんだ」
あまりの理解不能な展開に、思わず顔が強張ってしまったようだ。
気を取り直して、俺は話を進める。
「それで、君は、君たちは一体何者で、多重前世とは何なんだ?」
俺は、眉間のシワをなくし「なるべく穏やかに」そう意識し訊ねた。
「り、輪廻転生って分かりますか?」
「ああ、前世の意味は知ってている」
光神信仰にそういった考え方がある。
「それなら話が早いですね……。要するに異世界転生です。我々は異世界、つまりこの世界とは違う別の世界。おそらくは並行世界である、我々が地球と呼ぶ場所で同時に死んでしまった結果、その複数の魂が『アニー』という一人の魂と肉体に転生し、共存している訳なのです。それが先程、陽子さんが『多重前世』と言っていた――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
突然、人が変わったように饒舌となり早口でまくし立て、俺の理解が追い付く前にどんどん先へ走ってしまう彼女を、俺はいったん止めに入る。
「はい、何ですか?」
「君は、異世界と言ったね。そんなモノが本当にあるのか?」
にわかには信じられない話だ。
「はい、どうやらあるみたいです。こちらの世界とは文化も歴史もまるで違う、生態系や大気成分すら別物の文字通りの別世界です。あちらの世界には魔法や異能といった、超自然的なものはフィクションの中にしか存在せず、その代わり進んだ科学技術が人々の営みを支えています。はい」
彼女は相変わらずの早口で、一気に言い尽くす。
「つ、つまり……君はその科学世界で死んだ何人もの魂の生まれ変わりで、その記憶や人格を、同時に持ち合わせているという事なのか?」
「はい、そうです。理解が早くて助かります。ちなみに、正確に言うと8人です。あたしたちは8人で一人です」
8人……。
「だからそれぞれの、その8人の魂ごとに、違う属性が備わっていると?」
「はい、そういう事ですね」
「…………」
荒唐無稽な話である。
だが、俺自身の目が見た光景こそが、それが真実であることの証明している。
「輪廻転生とは、そういうものなのか?」
「うーん……、多分違うんじゃないですか。あたしたちは特別だと思いますよ」
「特別とは?」
「あたしたちみたいなケースは、だいたい神様とか、世界の管理者とか、宇宙の意思とかそんなのが一枚かんでるんですよ。絶対そうです」
――か、神だと……。
「神の意志が介在しているから、光の属性を持っているというこか?」
光の属性を持つ者には、勇者の素養があると言われている。
「あー、そうかもしれませんね。でも、そういう神の領域的な情報は、あたしの能力でもよく分からないんですよね」
「君の『能力』とは何だ!?」
俺はあの得体の知れないオーラの正体が気にならずにはいられない。
「あたしの能力は『天啓』です。あたしたちがこの世界で生きていくために必要な情報を、天の声が教えてくれるんです」
「すまない、言っていることがよく分からない。そんな能力など聞いたことがない……」
「危険な魔獣の事とか、食べられるキノコとか、支局長さんの秘密とか。そんなような、あたしたちにとって有益な情報が、時々勝手に聞こえてくるんです」
「支局長の秘密?」
「はい。それと、あなたの事も教えてくれました。その腕の怪我の事とか、管理局との契約の事とか」
……腕の負傷そして管理局と交わした契約。たしかにそれは、身に覚えのある話だ。
16歳の時、俺は蛇型の魔獣にかまれ左腕を負傷した。
傷はすぐに完治したのだが、神経を毒にやられ麻痺が残ってしまったのだ。
思えばあの頃、俺は調子に乗っていたのかもしれない。「弓を使わせたら俺にかなうヤツはいない」そんな自負がたしかにあった。
本当は冒険者になりたかった。しかし、そんな俺の小さな油断が全てを台無しにしてしまったのだ。
もうあの頃の様に弓を扱うことは出来ない……。
そんな俺の『オーラの視える目』を高く評価してくれたのが、支局長だ。
支局長は目標を失い途方に暮れていた俺に、調査官という役割を与えてくれた。
しかし……。
「そんなモノが君に、君たちにとって有益な情報なのか?」
支局長の秘密とやらが何かは知らんが。
少なくとも、俺の情報などに、大した価値があるとは思えない。
「はい、もちろんです」
「君は何故そんな情報を求めるんだ?」
「別に求めてはいません。先ほども言いましたが、情報は勝手に下りてくるだけなので。でも、必ず役には立つはずです」
アニー、いやチカは、かけてもいない眼鏡を人差し指で上げる様な仕草でそう言った。
「……なるほど。異世界だの、転生だのといった情報も、その天の声が教えてくれたという訳だね」
「いいえ、違います。あれは前世でのあたしの知識です」
「それはすごいな。君は前世でそういった分野の専門家だったのか?」
「んー、まぁそうですね。ラノベなんかは山ほど読みました」
ラノベ? おそらく専門書の事だろう。
「君は『それ』を読み尽くしたという事か?」
「はい。オタクですから!」
オタクが何かは分からないが、俺にはどうしても確認しておかなければならない事がある。
「光の属性を持つ前世の魂とも、話をすることは出来るかい?」
「え? ちょっと待ってください……」
チカは一度、宙を見つめるようにしてからそっと目を閉じる。
「……大丈夫みたいなので、由衣ちゃんに変わりますね――」
――次の瞬間、アニーの体から、この小さな取調室いっぱいに、眩い魔力の波が広がっっていった。
そして、アニーの全身が神々しい光のオーラに包まれたのだ。
窓からの日差しさえも霞んでしまうほどに眩しく、それでいて俺の目でもしっかりと捉えていられるほどに優しい光。
世界の奇跡とさえ言われる光属性。
奇跡の光を纏った少女がいま、ついに俺の目の前に――




