10 由香の覚悟
刺客? どういうことだ? 仲間がいるのか……――!!
「あのコボルトか!!」
あの時マオがコボルト人形に与えた命令、それは支局長を殺す事……。
「ダ、ダメだそんな……」
「ワタシの魂はすでに汚れています。だから、こういうことはワタシの役目なんです」
前世でのマオは、殺す事をも手段として生きてきたのだ。
彼女にとって一番大切なものを守るための手段に、躊躇う理由は無いのかもしれない……しかし。
「何を言ってえいるんだ! 君は現世で生き直すんだろう!?」
「妹を守るために必要な事です」
そう言ったマオの目は狂信者のソレでは無い、妹を思う優しい姉の目だ
「…………」
このまま、こんなことを見逃すわけにはいかない。
俺はそう思い、支局長の下へ向かうために席を立ち上がる。
「どこに行くんですか?」
「支局長を助けに行く、君に殺させたりはしない!!」
俺はマオの視線を振り切る様にドアへ向かう――。
――だが、マオに背を向けたその瞬間、取調室全体が闇に包まれたのだ。
すると、俺は全身の力が抜ける感覚に襲われ、膝から崩れ落ちた。
自分の身に起きた状況が理解できない俺は、力の入らなくなった体に、黒いモヤが纏わり付いていることに気付く。
振り返った俺の目に映ったのは、漆黒のオーラに包まれたアニーの姿だった。
漆黒のオーラ、それは闇の属性だ。
光の属性と対を成す闇の属性は、この世界で魔王の属性と言われている。カエデが秘密だと言った属性の持ち主……。
「き、君は……ユカだね?」
「……もう一度、座って」
ユカの言葉に呼応するように、俺の体が自由を取り戻す。
促されるままに席に座り直した俺は、まず最初に大事なことを確認する。
「支局長はまだ生きているのか?」
「生きてる、真央がGOサインを出すまで何も起きない」
「そうか……」
つまりアニーのオーラが、再びマオのソレに変わるまで、支局長は無事だということだ。
「先に言っとくけど、由衣が勇者じゃないように、わたしも魔王じゃないから」
「だろうな」
いくら何でも、彼女が魔王などとは思わない。
アニーは世界の理から逸脱した存在なのだ、光であろうが闇であろうが「アニーはアニー」今はそう理解している。
「わたしは、魔王じゃないけど……妹を守るためなら、魔王になったっていいんだ」
「…………」
「由衣は光のチートで大きな竜とだって戦えるけど、本当はただの女の子だから……だから、リディも由衣もみんなも、わたしが守るんだ」
決意したような、思い詰めたような表情で語るユカ。
ユカは、リディの姉であると同時に、ユイの双子の姉でもある。
「君だって、普通の女の子だろ?」
「わたしは戦える!」
ユカはそう言うと、右腕を突き出し、手のひらを俺へ向ける。
そして向けられた手から放たれたオーラが、俺の胸のあたりに吸い込まれていった。
つい先程、俺の全身を弛緩させた闇のオーラが、今度は心臓を捕捉した……。
「俺を殺すのか?」
「そっち次第」
小刻みに震える彼女の手が、ユカの中の葛藤を映しているように思える。
「それなら、君の前世の話を聞かせてくれないか?」
「は? こんな時に何言ってんの!? それならって何!?」
「俺はここで殺されるかもしれないんだろ? それくらい聞く権利はあるんじゃないか?」
アニーの前世たちの話はいろいろと聞いたが、ユカについてはユイの双子の姉であることしか知らない。
ユカのことも、俺は知るべきだ。
「……何が聞きたいの?」
「そうだな、夢を教えてくれ」
意味の分からない話もあったが、彼女たちの夢や望みには、それぞれの生きざまが表れていたように思う。
「……わたしは、アイドルになりたかった。だから、のあって名前も好きだったアイドルグループからもらった」
「アイドルとは何だ?」
「みんなの前で歌ったり踊ったりする仕事。由衣と二人で双子のアイドルになれたらいいと思ってた」
「こちらの世界でも、そういう仕事はあるぞ。二人で並んで、という訳にはいかないが、二人で一人なら出来るんじゃないか?」
現世でも、夢をあきらめる必要はない。
「由衣の夢は漫画家だから、アイドルなんて、なりたくないと思う。それに由衣はわたしとなんか嫌だと思う……」
「どうして、そう思うんだい?」
「わたしが由衣を裏切ったから……」
ユカはそう言うと、唇を噛んだ。
「どういう意味だ?」
「由衣は中学に入ってから、ずっといじめられてた……。でも、わたしは助けてあげられなかった、本当はわたしが守ってあげなきゃいけなかった、わたしは戦うべきだったのに……」
震える手をじっと見つめ、ユカは姉としての、妹への懺悔を語る。
前世での後悔は、まだ幼い少女の心を深く傷つけたのだろう。
「あのバスだって、わたしが家にスマホを忘れたりしなきゃ……本当は、由衣は死ななくてよかったはずなのに……」
「事故だったんだろう? 君のせいじゃ無い、君は何も悪くないさ」
俺の言葉に、ユカは強く首を振る。
「ちがう! 全部わたしのせい! だから今度はわたしが戦って、みんなを守るんだ!!」
それまで震えていたユカの手に、グッと力がこもるのが分かった。
彼女の後悔が、強い決意となって、気持ちを闘争へと向かわせているのだろう。
今の彼女には、その力もある……が、俺はそんなモノを認めない。
「やはり、俺が支局長と直接話をつける必要があるようだ」
「ダメ! 支局長はアニーのことも、リディのことも絶対にほっとかない!」
「そうかもしれないな」
「そ、それに支局長には悪い仲間だって、いっぱいいるんだよ! こっちには152匹のみんながいるんだ、戦争になってもいいの!?」
「大丈夫だ、そんな事にはならない」
「なんで、言い切れるの!?」
納得を求めるユカの目をまっすぐに見つめ返し、俺は俺なりに考え、たどり着いた答えを返す。
「そうなる前に、支局長は俺が殺す」




