1 多重前世の少女、アニー
俺の名前はカイル。異能管理局に所属する調査官だ。
異能管理局の使命、それは能力者たちの情報を収集し管理すること。
異能者の存在は、この世界において極めて重要なものなのだ。
対魔王戦力の要であり、国家運営の根幹をなしている。
そして俺には、この任務にうってつけの異能がある。
俺は 目視した対象の周囲に、その属性に応じた“オーラ”が見えるのだ。
一目見ただけで相手の属性が手に取るように分かる。
だから俺に能力を隠すことは不可能だ。
本人が気づいていない属性を知ることさえも出来てしまう――。
この力を使い、当局が把握できていない異能力者のその能力や、素性を調査し、それをデータベースに収める。それが俺の仕事だ。
◇
―― 光暦1567年6月17日――
◆異能管理局ラストア支局・二階取調室
「――カイルだ。今から君の聴取を始める」
俺は、目の前に座っている十代半ばほどの少女に、事情聴取の開始を告げる。
「は、はい……。よ、よろしく、おねがいします……」
伏し目がちに、オドオドと答える少女。
この国では珍しい黒髪に、肩まで伸びた髪が揺れるたび、差し込む自然光を柔らかく反射している。
白い肌に黒い瞳――その瞳は落ち着きなくきょろきょろと辺りを見回していた。
小さな机をはさんで対峙する彼女が、今回の調査対象だ。
「まずは、あらためて君の名前と年齢を聞かせたくれ」
「え、えっと……あ、あたしは、キスイ村のア、アニーです。年齢は……16歳です。はい」
■氏名:アニー
■年齢:16歳
■生年月日:光暦1551年6月7日
■居住地:キスイ村
■家族構成:両親と妹
俺は手元の書類に目をやり、間違いがないことを確認する。しかし……。
「君は本当に、キスイ村のアニーなのか?」
「え?」
「あの時、地竜に立ち向かった勇敢な少女は、本当に君で間違いないのか?」
三日前、群れからはぐれた一頭の若い地竜が、彼女の住むキスイ村を襲った。
地竜襲撃騒動。件突如として訪れた脅威に、小さな村は混乱に包まれ、居合わせた者たちは死を覚悟した。しかし……。
その時、ひとりの少女が光属性の魔力で地竜と戦い村を救った。
その少女こそが、この「アニー」なのだ。光属性は、勇者の属性でもある――。
「えっと……そ、それは……あたしと言えば、あ、あたしなんですが……。勇敢なのはあたしでは無いと言うか、何と言うか……」
「ん? それはどういう意味だい?」
「えー……と、何でもないです。忘れてください」
相変わらず落ち着きのない様子のアニー。
的を得ないその返答に、引っ掛かりを感じつつも俺は話を続ける。
「実はあの日、俺もキスイ村にいたんだ」
それは、まったくの偶然だった。
しかし、俺は間違いなくこの目で見たのだ、地竜と戦うアニーの姿を――。
――先日、俺が調査を担当した異能者の少女が、命を落とすという不幸な出来事があった。
その詳細を、キスイ村に住む少女の両親に報告するため、俺は村を訪れていた。
そこで俺は地竜の襲撃に居合わせた。その時、光のオーラを纏った少女が颯爽と現れ、暴れる地竜を華麗に撃退して見せたのだ……。
「――あ、はい知ってます」
「ん、知ってる? 何故だい?」
「え? 聞こえた……いえ、み、見かけたんです……」
アニーは目をそらすように言った。
その目をジッと見つめ、話を続ける。
「俺にはあの時の勇敢な少女と、いま目の前にいる君が同一人物だとはどうしても思えないんだ」
「はぁ……」
「理由を聞かないのか?」
「え? あー……ど、どうしてそう思うんですか?」
「属性が違うからさ」
そう、オーラが違うのだ。
「俺には他人の属性を知ることが出来る能力があってね。君が地竜を魔力の波動で、後方へ弾き飛ばしたあの時、俺が見たのは間違いなく光の属性だった」
「…………」
炎の属性ならそのオーラは炎の様に赤くメラメラと、光のオーラであれば神々しく光り輝いているはずだ。
しかし、今のアニーが放つそれは、無色透明な陽炎の様に揺らめく得体の知れないオーラなのだ。そしてその謎のオーラは、彼女の両耳のあたりでだけ虹色に輝いている。
俺は意識的に語気を強め、更に話を続ける。
「今の君が発しているオーラ……属性は、あの時とは明らかに違う……」
「ひぇッ!!」
わざとドスを利かせるように発した俺の声に、アニーは小さな悲鳴を上げた。
その身ひとつで地竜に立ち向かう娘が、こんなことでたじろぐハズがない。
「……どういうことか、納得のいくように説明してくれるか?」
俺は「こんな子供に」という若干の後ろめたさを感じつつも、冒険者を目指していたあの頃のような少々の殺気を放ち、眼光鋭くにらみを利かせる。
これも、調査官を続ける中で身に付けたテクニックの一つだ。が、彼女が本当に地竜と渡り合うほどの豪傑ならば、とても通用するとは思えない。
「も……」
「も?」
「も、もーやだぁー! この人怖いぃ!! よ、よーこさぁぁん、もう変わってくださいよぉぉぉぉ!!」
突然アニーが意味不明な事を叫び出した。
「オ、オイ! 急にどうしたんだ!?」
予想外の反応に、俺は少し焦る。まさか、やり過ぎてしまったのか?
「もう"声”も聞こえないんだから、あたしじゃ無くってもいいじゃないですかぁー!!」
アニーは子供の様にバタバタと両手を振り乱しながら、誰かに懇願するかのように声を張り上げる。
「声とは何だ、一体誰と話してるんだ?」
アニーの言葉が理解できない俺は、疑問を投げかける。
だが、俺の声は届かない。彼女は何もない宙へ向け、さらに言葉を発し続ける。
「変わりますよ! もー変わりますからね!!」
「さっきから君は何を言って――!?」
――その時、不意に部屋の空気が変わった。アニーを中心に魔力の波が広がって行ったのだ。
そして、俺の目には、アニーを覆うオーラが変質していくのが視えた……。
「コレは……、どういう事だ……?」
目の前で起きた出来事に、俺は一瞬、現実を疑った。
無色透明だった彼女のオーラが、一瞬であざやかな薄桃色に一変しからだ。
だが、このオーラの意味は理解できる。これは、見慣れた色。治癒の属性だ。
「んもー、千佳ちゃん何ビビッてんのよー。『この人はイイ人だから大丈夫』って、あなたが言ったんじゃないの!」
「――!?」
……変わったのはオーラだけではなかった。
言葉遣いが変わり、目つきが変わり、雰囲気そのものがはまるで別人なのだ。
さっきまでのそれとはまったく違う。アニーはその年齢にそぐわないほどの、まるで成熟した大人の女性のような雰囲気でじっと俺を見る。
「き、君は一体……」
「アタシ? アタシは『陽子』でもお店では『まどか』って呼ばれてたから、まどかでもいいわよ……」
ヨーコ? マドカ?
「……それで、さっきのビビり倒してたのが『千佳』ちゃんね」
チカ?
「君は『アニー』じゃないのか?」
「ん-……、もちろんアニーよ。でも、そのアニーちゃんの中でアタシたちは生きてるの」
たち? 中で生きている?
「つまりそれは、多重人格ということか?」
そういった心の病があるという事を、知識としては知っている。
「ちょっと違うわ。強いて言うなら……『多重前世』ね」




