縦ロール帰還戦
「あなたって、縦ロール似合いそう」
キセル片手の老婦人に見込まれたときから、私の運命は決まっていた。
「へ?」
今まで出したことのないような間抜けな声をあげてしまった。
ゆるゆるマッサージでほへーっとしていたせいということにしても、ひどい声である。そう考えるのは現実逃避である。
あっという間に鏡台の前に連行され、頭皮マッサージを食らって意識不明の瀬戸際なのだ。
緩急付けた指先の動きは語彙力をなくさせる。なんかすっごいきもちいい、としか言いようがなかった。
抗うことも考えられずにいた間に、それは行われてしまった。
満足そうな老婦人。
愕然とする私。
周囲からなぜか上がる拍手。
鏡の向こう側の私には縦ロールがついていた。
縦ロール。
それは王都に置いてきた。
なのに戻ってきた!?
「思った通りだよ。絵画の中のお姫様みたいじゃないか」
ご満悦の老婦人を置いて、私は温泉宿を出た。あの場には誰も味方がいないのがわかっていたからだ。きっと旦那様ならわかってくれるに違いない。
いつもの私のほうがいい、そうに違いない。
「……で、こうなったと」
こう、というのは、金髪縦ロールの燦然と輝く髪である。硬そうに見えてゆるふわに仕上がっており、技術点だけは最高点を叩きだしている。走っても回帰するからすごい技術。
でも、もう卒業したはずの縦ロールが戻ってきても嬉しくない。
「ひどいと思ませんかっ!」
わめく私に領主兼夫は困惑しているようだった。仕事場としてある広場の東屋で図面を見ていたところだったらしい。秘書と執事と自称する癖の強い男性二人も同席しているが気にしない。気にしていたらご令嬢という職業はできない。
「似合うと思うよ。
あと前はそうだったよね」
「あれは装甲、そう、分厚い侯爵令嬢の装甲なのよっ!」
「おーっほほほ! と笑うのは?」
「趣味」
「解釈不一致だなぁ」
「いいじゃありませんのっ!」
そうしている間に騒ぎを聞きつけた子供たちがわらわらと寄ってきた。
8人。ほぼ、総数。残りは自力で動けない乳幼児。田舎の子供とは思えないほど賢い子たちで私としては嫌いではないのだけど、今は嫌な予感を連れてきた。
「お姫様、おひめさまがいるのーっ!」
「あ、おひめさま」
「きれー」
「……」
やっぱり。
お子様には縦ロールが絶大に効く。思春期になると、子供っぽくて恥ずかしいとか言われる。私もそうだった。それでもイメージ戦略として続けてきた。ようやく捨てたとおもったのにっ!
「そうだなあ。お姫様にはティアラつけてあげないとな。
誰か温泉宿の土産物から借りてきて。支払いは後で交渉するから」
「はぁい」
「こ、これはもう、おしまいでっ」
「ほら、ここには娯楽ないから。子供たちもキラキラした目で見てるから今日だけね?」
「そ、そ、それはずるい」
「ごめんね」
彼は余裕そうな顔である。こそこそ耳打ちされるのが恥ずかしいとかそう言うことに気がついてなさそうだった。
その後、ティアラだけでは済まず、装飾品一式用意されて、じゃあ、ドレスもとお着換えタイムに入ることは予想していなかった。
こんなド田舎で古典的お姫様ドレスが出てくる。むしろ田舎だから流行おくれのものがあると言いたいところだが、たぶん、趣味の産物。
持ち出してきた人は、お姫様がきたーっ! と早口でこのドレスの良さをまくし立てていたのだから。流行らないけど、俺はこれが好きなんだっ! があふれていた。その隣の奥さんがお玉で叩かなければ延々と語っていただろう。
その奥方も装飾品にはあれこれあるようで。
「暇なんですの? あの人たち」
「そう、暇なの」
技術の無駄遣い。ほかに言いようがなかった。
高笑い、バリエーション
・おーっほほほ!
・おーっほっほっほ!
・ほーっほっほっほ!
気分とテンションで使い分けます。表記ブレではありません。たぶん。