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彼女が噂のお嫁さん

到着した悪女様、大いに爆笑する。

 私は悪女である。

 ということになっている。まあ、善人ではないので、場合によりそうかもねと思っているからこの評価は肯定も否定もしない。

 負けたからには僻地に追放も覚悟の上だ。

 しかしながら、これは予想外だった。


 到着してから予想を斜め上に突き抜けることしかない。

 まずは、入口に歓迎の横断幕があった。

 悲壮な決意があったわけではないが、冷遇される覚悟はあったのに。笑いが込み上げてきてどうにも止められなかった。

 あんなに笑ったのは、初めてのような気がした。


 さらに執務は広場の東屋でしていると聞き、さらにその広場には別の横断幕があった。

 再び戻ってきた笑いに身をゆだねているうちに書類の説明は終わっていて、私の名前を書くだけになっていた。否はないのだけど、夫となる人ははらはらしたような顔でこちらを見ていた。


 私の夫になる人は十人並、というよりは、どこかで会った誰かに似てるという印象がある。なんか見たことある顔という感じだ。今まで対面したことはないんだけど。


 いまさら逃げはしないと顔をしかめながら、名前を書く。

 それでもう、アムレアン侯爵令嬢はレネ男爵夫人に変わった。簡単すぎる作業で、結婚した。祝いの言葉の一つもかけられずに。


「よろしく、奥さん」


「……ローラです」


「へ?」


「夫となったのなら、名前でお呼びください」


「えー、あー、はい、そのうちに……」


 挙動不審である。私からすれば奥さんと気軽に呼ぶ方が、恥ずかしいようにも思えるのだけど。


「じゃ、じゃあ、俺の、いや、私の家に案内は、しますね。

 あとは任せていい?」


「承知しました」


「お任せください」


 補佐官と私たちに説明していた二人の老齢の男性がそう請け負う。

 どこかで見たような気がしないでもないなとじっと見るが思い出せない。記憶力に自信はあるが、それほど昔のことだろうか。


「気がかりなことある?」


「いえ、大丈夫です」


 ここに出会ったことがないのに見たことのあるような人もいるのだから、他人の空似かもしれない。私があった人がこんなド田舎にいるわけもないだろう。

 私は大人しく新しく夫となった人についていくことになった。


 リュカ・レネ。私の夫となった人である。

 あれ? そんな人いた? というレベルの小さな領地の領主である。騎士爵でももうちょっと広い領地をもっていそうなくらいその領土は狭い。ド田舎というか、そこ、うちの土地? というくらい国土の端っこにある。

 霊峰を背に加護を受ける風光明媚な土地柄とだけ記載があった。

 のんびりとした農村というイメージのままに村がある。この夫はその村長と言われても違和感がない。


「驚かないでほしいのだけどね。

 ほんと、冬までには何とかするから、今日のところは案内だけだから」


 念押しされて案内された家は小屋だった。私の感覚で言えば、門番の詰め所くらいのサイズ。これが領主館と聞いて唖然とした。


「ごめんね。そう言う顔になるよねぇ……」


 心底申し訳なさそうな顔で謝られるとなんだか罪悪感を覚えた。


「しばらく旅館に泊まってもらうことにしてあるから。あっちはちゃんと個室だから」


「あなたは」


「はい?」


「ここで暮らしますの?」


「俺にはこのくらいで十分だからね。大きな家を維持する金も甲斐性もないし」


 そう言って苦笑いする。

 その状況は領主だというのにそこら辺の村人と言うほど質素な服装をしているところから察して余りある。


 思ったより貧乏ではなさそうではあるが、罰として送られた先である。優雅な生活などさせる気はない。そういう相手として適切と選ばれたのだ。

 彼らからの拒否権もなく。無理に。

 元より余裕のないところに私のような厄介者も押し付けてと思えば、どこか申し訳ない気がした。自らの失敗で辛い目に合うのは仕方ない。

 だが、彼はまだなにもしていない。


「ちょっとの間はまあ別居。白い結婚っていう感じですすめるつもり。

 ほら、気が変わって他のいいひと見つけるかもだし。一度嫁いだから離婚して別のところで暮らしてもいいわけだし」


「……人を根性なしのように言うのはおやめください」


「へ?」


「世話になる分は働く気はあります。存分に使ってください」


「あ、じゃあ、温泉の効能を堪能してきて」


 意味が分からず見返す私に彼は真顔で言った。


「疲れ切っているよ」


「そんなひどい?」


 確かになれない馬車の旅は少々きつかった。それから、いろんなことが嫌になって投げやりでもあった。

 彼は私をじーっと見てポンと手を叩く。


「冬眠明けのカエルみたいな」


 よりによって寝ぼけ眼のカエル。

 言った本人はいい表現を思いついたと言いたげな顔である。なんなら褒めてくれという顔だ。私には弟がいるからわかる。アレは悪気はない。デリカシーもない。


 私は表情を引きつらせながらも温泉につかりに行くことにした。少々足音がどすどす言っているかもしれないが、気のせいである。

 温泉くらいでこの疲労が癒されてたまるものか。私は厳しい表情のままに旅館に入った。

 温泉旅館で一日接待され、今までにないほど絶好調になることは想像もしていなかったのである。

「おもしろくなりそうですな」

「ふん。お前と同意見とはな」

「久しぶりに腕が鳴ります」

「やりすぎるなよ。隠居している意味がない」

「おやおや、あなたも同じでは」


「あ、あのぅ。私、帰っていいですか?」

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