熱烈歓迎! お嫁様!
クマの木彫りを作るとクマに似てくるかもしれない木彫り職人Aによる観測。
村の入口の「おいでませ、お嫁様」の横断幕の次が。
広場の「熱烈歓迎! お嫁様!」の横断幕である。
無駄に達筆。儂いい仕事したと満足気なじいさんが残していったが、発案は別にいる。
腹筋が死ぬ。
悪いやつらではないが、時々発想がぶっ飛んでる。これが面白くて、移住してきたかいがあった。
ここはド辺境、ド田舎といっても言葉足りないじゃない? と言われそうな田舎である。この領地の所有地は領主のいる村から見渡す限り程度。あと裏山と言われるエオゼ山脈がある。山を越えたら隣国だが、超える気も起きない難しい山である。上のほうにドラゴンがいるとかいわれているが、実物は見たことはない。
うん、自称、ドラゴンなんじゃ、ばばあとか知らん。あれはボケだ。ツッコミ待ちだ。
まあ、それはさておき。このド田舎の領主さまにお嫁さんがきた。というか来る予定。ちゃんと来るかな。不安になってきた。
それほど、田舎なんだ。こそこそとこなかったら領主さまを慰めようねと領民たちが話をするくらいに。
俺の不安をよそにちゃんとお嫁さんはやってきた。厳重に出入口閉鎖された馬車で。牢獄か。護衛もなんか物々しい。
一応、本日の門番をしていた俺が一番最初に対応することになったんだけど……。
馬車から降りてきた女性は疲れ切った顔をして、村の入口を見上げて。
爆笑した。
ですよねーという雰囲気が漂う。
悪女とか言われて、罰のように送り込まれた先でこんなの見たら笑う。もうほんと、なんなのっ! と言っているのにも同意しかない。
遅れてやってきた領主さまが見たのは爆笑するお嫁様と微妙な表情の護衛と多分偉そうな貴族。
「ようこそ。
ここで話もなんですから、広場のほうで」
何事もなかったように話しかけるくらいには肝が据わっている領主さまである。
怪訝そうな顔をするのは偉そうな人。お嫁さんは笑いの残りを引きずっている。村の子供が気を利かせたのかお水どうぞと渡していた。
「広場?」
「家が狭いので、皆さんをお迎えするのは難しいんです。
婚姻の書類をご持参いただけると聞いたんですが、あってます?」
「うむ。
さっさと済ませて、温泉とやらに浸かるとしよう。予約もとれぬような……」
そう言いかけて貴族のおっさんが黙った。
領主さまのあとからやってきた自称敏腕執事のじいさんが見える。ご老体だが目の鋭さ半端ない、殺し屋かというお方である。なお、持病はぎっくり腰。湯治でやってきていつの間にか居座っていたらしい。ここでは俺は新参者なので、事情は全然さっぱり分からない。
「閣下!?」
「誰のことかのぅ。さっさと仕事を済ませ、帰るとよかろう。
ロドラの倅によろしくな?」
「はいっ!」
なぞの大物感で押し切っていった……。素性の詮索は禁忌であるので、匂わせでしかわからんがやっぱりただものではなかったというか。
やっぱりこの領地のご老人。ふつーの人いないと思う。普通にご近所の領地からやってくる湯治の人は普通。落ち着く普通さなんだけど。
問題は在住のほう。一芸に秀ですぎな人生の先輩がごろごろしている。謎コラボし過ぎて凡人にはよくわからない作品作ってたりする。
なんでも先祖代々、そういう領地らしいけど。
まあ、そういうやり取りは領主さまはスルーしている。たぶんこれ深く突っ込むと頭抱えるなんかが増えるだけと思ってる。
田舎過ぎて肩書も経歴ももう役に立たないしねぇとのほほんと笑っているがね……。
この領主さまも無自覚なただものではない。
特技。親戚の誰かに似てる、である。あるいは友人の友人に似た人いる、でもいい。最初から知り合いに似ているから心理的ガードが下がりまくりである。気難しいじいさんも一発で倒すすごい威力である。
「長旅お疲れさまでした」
落ち着いたお嫁様に領主さまは話しかけている。
緊張して噛まないかなぁと心配していたけど、一応ちゃんとしているようには見える。
「本当に疲れたわ。こんな田舎に送り込まれるなんて。これなら修道院送りのほうが……」
そういいかけて、お嫁様は横断幕を見上げた。視界にちらつくよな。あれ。
「……まあ、悪くないかもしれないから、よろしくお願いしますわ」
気を取り直したらしい。そうそう。悪くはないよ。
秋になれば帰りたくなるだろうけどさ……。
俺としては、若い労働力は必要なんだ。一人でも、細い手でも、大事。
その後、広場で熱烈歓迎と見かけてお嫁様の笑いが再び込み上げて、一時中断することになる。