いたずらしちゃうぞ!
十月といえば、子供たちのお楽しみ、ハロウィーンのお祭りがやってくる。
幾多の子供たちが暮らすこの町でも、
ハロウィーンのお祭りが行われることになっている。
町はかぼちゃで作った顔のランタンや、コウモリや魔女などの装飾で飾られる。
子供たちは化け物や魔女の姿に仮装し町を練り歩く。
トリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!
そうして子供たちは大人たちからお菓子を貰うというお祭りだった。
子供たちが町中を練り歩く、十月のハロウィーンのお祭り。
しかし、この町のハロウィーンのお祭りでは、
絶対に入ってはならないと言われている場所がある。
町外れには古い屋敷があるのだが、そこには絶対に入ってはいけないという。
噂によれば、吸血鬼が住んでいるとも言われている。
「だから、町外れのお屋敷には、絶対に入っちゃ駄目よ!わかった?」
「はーい。」
子供たちは、大人たちの言うことに口では良い返事をした。
そうして、この町のハロウィーンのお祭りは始められた。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!」
ハロウィーンのお決まりの掛け声と共に、
仮装した子供たちが町を練り歩いていく。
この町ではもうハロウィーンのお祭りはすっかりお馴染みなので、
どの家も商店も、子供たちにあげるためのお菓子を用意していた。
「ほら、お菓子をどうぞ。」
お菓子を貰って子供たちは大喜び。
次のお菓子を求めて、町の家々や商店を尋ね回った。
お菓子を貰えて子供たちは大喜び。
お菓子が嫌いな子供などいないので、それは当然のこと。
しかし一方で、同じことの繰り返しには飽きるのもまた当然。
この町ではハロウィーンのお祭りはすっかり定着しているので、
どこの家や商店に行こうが、何の抵抗も無く、必ずお菓子が出てくる。
これでは、トリック・オア・トリートのトリート、
ハロウィーンのお祭りの半分しか楽しんだことにはならない。
子供たちは、トリック・オア・トリートのトリックも求めていた。
「どっか、いたずらできるところはないかなぁ。」
お菓子に飽きた子供たちは、そんなことを言い始めた。
いたずらもまた、子供たちにとってはお菓子と同じくらいの好物だった。
しかしこれはハロウィーンのお祭り。
お菓子をくれる大人にいたずらすることは許されない。
子供たちは、お菓子をくれない大人を探し求めて、町を彷徨い歩いた。
商店街を抜け、住宅地を抜け、町外れへ。
すると行く手に、古いお屋敷が姿を現した。
子供たちはお菓子といたずらを求めて町中を練り歩き、
やがて町外れにある古いお屋敷の前にたどり着いた。
お屋敷は茨の生け垣に囲まれていて、その全容を見ることはできない。
ただ、生け垣もお屋敷も古く、ところどころ傷んでいるのがわかった。
その出で立ちは仮装などではない、本物のお化け屋敷のようだった。
「ここに、入るの?本当に?」
「おばけがでてきそうだよ。」
特に幼い子供たちは、屋敷の様子を見て躊躇していた。
きっとあれが、大人たちが言う、入ってはいけない屋敷に違いないから。
しかし年長の子供たちには、大人たちの言いつけは、むしろ逆に働いた。
「大人たちが絶対に入るなって言うことは、何かがあるってことだ。」
「肝試しみたいで面白そうじゃないか。」
「誰かがいたら、お菓子を貰うかいたずらしてやろう。」
そうして子供たちは、一部のいたずらっ子たちに引っ張られる形で、
古い屋敷の門をくぐっていった。
錆びついた門のキィィーという甲高い悲鳴が耳に残った。
古い屋敷の中は、手入れもされずボロボロだった。
高い天井からぶら下がった照明は切れかかっていて、
床の絨毯はホコリだらけ、壁にはヒビが入っていた。
本当にお化け屋敷のようで、しかし床をよく見ると、
ホコリに足跡がいくつか付いている。
人が住んでいる気配が見て取れた。
「誰かいますかー?」
「トリック・オア・トリート・・・」
子供たちは一塊になって、おっかなびっくり屋敷の中を進んでいく。
しかし薄暗い屋敷の中には誰もいない。
と、思われたのだが。
のそのそと、何かが近付いてくる気配があった。
子供たちは顔を見合わせる。逃げようか?しかしもう遅い。
通路の曲がり角から現れたのは、一人の老爺だった。
現れた老爺は、腰が曲がっていて、服装はボロボロ。
足腰が不自由なのか、杖を突いていて、足を引きずっていた。
子供たちの姿を見つけると、カッと目を見開いて言った。
「こりゃ!お前たちは誰だ!ここは儂の家だぞ。」
雷のような声に目をつぶり、子供たちは答えた。
「ト、トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!」
子供たちの掛け声に、老爺は表情をいくらか柔らかくした。
「・・・なんじゃ。お前たち、お祭りの子供たちか。
何度も言っているが、家は儂一人しかおらん。
身動きも取れんし、町内の祭りには参加するつもりは一切ない。
まだ子供のお前たちに言っても仕方がないがな。
ここにはお菓子は無い。わかったら帰れ。」
老爺は子供たちに背中を向けようとしていた。
しかし、子供たちは素直ではなかった。
相手はどうやらこの老爺一人っきり。
しかも、足腰が不自由で身動きが取れない。
今日はハロウィーンの日。
つまり、お菓子が貰えなければいたずらしてもいい。
子供たちはすっかり冷静さを取り戻し、ニヤリと笑うと、老爺に言った。
「やーい、爺!
お菓子が無いならいたずらしてやるぞ!」
老爺は振り返ってまた険しい表情になる。
「なんじゃと?」
しかし足腰の立たない老人は、子供たちの恐れるものではなかった。
「トリック・オア・トリート!」
子供たちは、この時のために持ってきていたゴムボールを、
老爺に向かって投げつけた。
「痛っ!何をする!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!それそれ!」
すっかり怯えを失った子供たちは、老爺に襲いかかった。
老爺を捕まえて脇をくすぐったり、胡椒玉を投げつけたり、
屋敷の壁に落書きして回ったりした。
「おのれ!このガキどもが!」
老爺は悔しそうに子供たちを捕まえようとするが、足腰が立たず子供には無力。
その間に屋敷は完全に子供たちの遊び場にされてしまった。
古いテーブルクロスの敷かれた食卓を駆け巡り、
廊下に飾られた剣の装飾品でチャンバラ遊びをし、
床のカーペットに包まってホコリだらけになって遊んだ。
老爺はもう成すすべなく、それを見ているしかできなかった。
屋敷の中で遊び回る子供たちの声が響き渡る。
それは、早くに家族を亡くした老爺にとって、久しぶりの喧騒だった。
長らく老爺一人っきりだった屋敷に、ハロウィーンの子供たちが現れた。
それは決して歓迎される出来事ではないはずだったが、
しかし老爺にとっては、夏の夕立のように感じられた。
子供たちがひとしきり遊び回って帰った後、
老爺の前には、子供たちが遊び終わって散らかった屋敷が残された。
子供たちは走って屋敷から出ていくと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「お菓子をくれなきゃいたずらしてもいいなんて、
ハロウィーンってなんて楽しいんだろう!」
「でも、こんなことしていいのかな?」
「大丈夫だって!どうせバレやしないよ!」
ハロウィーンのお菓子といたずらの双方を手に入れて、子供たちは大満足。
しかし、それで済むはずはなかった。
翌日、子供たちは、町内会の大人たちに呼び出されていた。
大人たちはむっつりとした顔をしている。
「お前たち、昨日、町外れのお屋敷に行ったんだって?」
子供たちのいたずらは、老爺からの知らせで大人たちに筒抜けだった。
いたずらにはお仕置きを。
老爺からもたらされたお仕置きは、しかし大人たちを困惑させた。
「お前たち、昨日、町外れのお屋敷で、お爺さんに会っただろう。
そのお爺さんから、手紙が来てる。
久しぶりに騒がしくなって、楽しかったそうだ。」
子供たちのいたずらと喧騒は、老爺にとってむしろ楽しいものだった。
早くに亡くした家族や孫との日々を思い出させてくれるような喧騒。
家族を失ったショックから、町の人たちとの交流も絶ち、
一人っきりで過ごしていた老爺にとっては、悪いものではなかったようだった。
「悪ガキたちへ。
来年からもハロウィーンに屋敷に来たければ来るがいい。
ただし、お菓子は一切用意しないがな。
お前たちがどんないたずらを用意するのか、受けて立とうじゃないか。」
老爺からの手紙は、子供たちへの挑戦で結ばれていた。
そうして子供たちは、老爺の気まぐれで、お叱りを受けずに済んだ。
その御礼として、その町の子供たちは、
次のハロウィーンのお祭りから、
町外れのお屋敷にいたずらをしに行くのが恒例となった。
その恒例行事は、老爺が亡くなるまで続いたという。
終わり。
ハロウィーンのトリック・オア・トリートの、トリックの話でした。
大抵の大人にとって、子供のいたずらは迷惑なものですが、
お年寄りの中には、そうでもなさそうな人たちもいたなぁと、
自分が大人になってから思い出しました。
ハロウィーンに子供たちがお爺さんのお屋敷に行くこと、
それにはいずれ終わりが訪れます。
末永く続くと良いのですが。
お読み頂きありがとうございました。