第1話 踵のお悩み解決します。
「あ、貴女が?マダム・ローズ?」
私のやっている美容サロンに、匿名で予約が入っていた。もう、夕暮れ時。
やってきたのは、フードを深くかぶった、眼鏡の青年。顔を隠したいんだろう。まあ、、、、色々な人が来るから、深くは突っ込まない。女性になりたいと心から思っている子とか、付き合っている彼女の化粧が気に入らない子、とか、、、まあ、いろいろ。普通に、口紅や香水を贈りたい、って子には、付き合っている女の子と一緒に来るように言っている。、そんなわけで、、、、男の子からの相談も、無くはない。
「はい。今日は、何か?心配事とか相談事かしら?」
男の子を来客用の椅子に座らせて、にっこり営業用スマイル。
「・・・・ぼ、僕の上司が、、、人を、、、あの、探しているんだけど、、、」
「え?うちは、美容相談は受け付けますが、、、探偵業は致しておりませんが?」
庶民の様な装いだが、物はいい。靴の仕立てがすごくいい。何者?緊張してるのね?まあ、男の子にはあんまり縁のないサロンよねえ?
「か、踵に、その、、、特徴のある女の子を探している。そ、、、会ったのは、9歳くらいのころなんだけど、、、、」
「・・・残念だけど、お手伝いできることはないわ。ガラスの靴でも履かせる?」
はっ、とした顔で、青年が顔を上げる。
「ただね?知ってるでしょ?靴はダメよね。シンデレラの姉たちは、靴のサイズを合わせようと、踵を切ったり、親指切ったりしたでしょ?とんだスプラッターよね?
どうせやるんなら、ミュールとかにしときなさいよ?あははっ。」
余りに真剣な顔だったので、軽く笑い飛ばしておく。
変態の上司を持つと大変よね?
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「何か、こだわりがございますか?」
「・・・・・赤毛、、、、踵、、、、かな?」
「????踵、でございますか??」
「・・・・・」
考え事をしていて、不意を突かれたので、つい正直に答えてしまった。
何度も夢に出てくる女の子は、赤毛で、、、、踵に特徴があった。それしか覚えていない。会いたい、と、思う。会わなくてはと、、、、、
*****
「なんなの?ここのところ多いのよ?足の悩み、、、ご令嬢は素足なんか旦那さん以外には見せないんだからさあ、、、もちろん、素足を見せるようなことする前には、風呂に入るだろうし?」
「ああ、、、あなたって、本当に世間離れしてんのねえ、、、、」
椅子に座って、たらいに張ったぬるま湯の中で、足のマッサージを受けているマリエスが一つため息をつく。
「この国の、、、、、結婚適齢期の第一王子がいるでしょ?どうもねえ、、、足が、、好きみたいなのよ?」
「は??」
「うーーーん、説明は難しいんだけどねえ、、どうも、理想の踵を持った女の子を探しているらしくて、、、、」
「・・・・え??変態??」
「ん-ーーここだけ聞くとね?それっぽいんだけど、、、、いや、本人はね本当に素敵な方よ?金髪碧眼で、王子様然、とした、優秀で、気遣いもできる、、、でもなかなか婚約者を決めかねているみたいで、もう、ご令嬢はドキドキよ?いざとなったら、今の婚約者を捨てる覚悟の方も多いと思うわあ、、、、、」
マリエスの足を、乾いたタオルにあげて、取り換えた湯に、香油を落とす。今日はモミ。モミの木の精油だ。さわやかな森の香りが、ふわっと広がる。抗菌作用もある。
そこに、もう一度マリエスの足を入れる。
「だってよ?マリエス?そう言うのを変態、若しくは、性的嗜好異常者、とか、言うんじゃない?踵と結婚するわけじゃないんだからさ??」
「まあ、、、そう言ったら、、、、そうではあるんだけどねえ、、、こだわりは、踵と、赤毛、らしい。側使えから、情報が漏れたのよお!今度の10月の舞踏会は、赤毛の女の子で埋め尽くされると思うわよ?」
「・・・・はあ、、、そういえば、、、毛染めの売り上げも順調だわ、、、、赤毛ねえ、、、マリエスは綺麗な金髪なのに?染めるの?粗悪品も出回っているようだから、染めるならうちの髪染めにしなさいよ?」
「なにげに商売上手ね?大丈夫。私は今回はかつらで行く予定だから。」
「・・・・・まじかあ、、、」
マリエスの足を湯から上げて、丁寧に水分をふき取る。
足用の保湿クリームをまんべんなく塗る。
「あとは、、、そうねえ、、、靴はまめに替えること。履いた靴は良く乾かすこと。靴下も有効よ?まめに替えてね?でも、あなたのとこの侍女は優秀よ?ほとんど手入れは要らないくらいだわ。さすが、公爵家ね?」
最近、足の相談が増えて、、、中には、きつい香油を直に塗りこめて、かぶれてしまった女の子や、角質を落とし過ぎて歩くのがやっとの子や、、、、やる前に相談に来てほしい、、、、それもこれも、自国の王太子の嫁探しのためかと思うと、、、、この国、大丈夫かしら、と、ひそかに思う。
便乗しているのだろう、髪染めの粗悪品やら、質の悪い匂い消しの香油やら、結構出回っているのは、それでかあ、、、
「でもさあ、、、理想の踵、って、どんなのかしらね?」