第六十七話:その鎖は誰のもの
Se solo la giovinezza potesse durare per sempre
世界は終わってしまう、ふとそう思ったのは何故だろう。茜色の夕焼けが、辟易する夏の暑さが、僕をそう思わせるのか。それとも…先刻から止まらない胸騒ぎのせいか。
どうにも落ち着かない。これがただの気のせいであればいい。でもそうじゃなかったら…
「おーい、春朔聞いてるかー⁇」
その一言で、思考に浸っていた僕の意識は現実に戻ってきた。
今は健司と始と、山小屋で話してたんだった。
「ごめん、なんだっけ」
「おいおい…」
最近ボーっとすることが多い
心配そうに健司は僕を見つめる。その視線に耐えられなくて、咄嗟に笑顔で誤魔化してしまう。
「もうすぐヒマリの誕生日だろ。サプライズでもやろーぜ」
そっか、もう一週間切ってるのか…
「そこでだ…春朔、ヒマリの欲しい物聞いてきてくれよ」
「何で僕が、自分で聞いてこいよ」
二人は手を合わせて僕に頼み込んできた。去年は各自で何とかしてたのに…
「だってお前ら付き合ってんだろ?」
始の思いがけない一言で全身の力が抜けてしまう。
「ばっ…いやっ…馬鹿!!まだ付き合ってねーし!!」
「ヒューヒュー、『まだ』頂きました~」
「二人のペースでやればいいさ」
顔が熱くなるのを感じる。ここで慌てたら怪しまれる、でもなぜか平常心を保っていられない。
「俺たちが協力してやるって」
「まりなには内緒にしとくか?」
こいつら、好き放題言いやがって。それでも反論しない自分に複雑な感情を抱く。ここ最近、ヒマリと距離が縮まっているのは事実だ。
「とにかく、それとなく聞き出してくれよ」
「分かったよ…まあ、健ちゃんはまりなと付き合ってるもんな」
渋々承諾したものの、やられっぱなしは性に合わないので、さりげなくやり返す。
「えっ…はぁ!!なんでアイツと付き合うんだよ馬鹿!!!!」
「健ちゃん、バレバレ」
どうだ健司。これでスッキリ。
健司とまりなは幼稚園からの幼馴染で、完全に両想いのカップルだ。本人たちは隠しているつもりらしいけど。
「だっ、だったら始はどうなんだよ!!」
「どうって言われてもな…」
「確かに、始に恋人がいるって話は聞いたことないかも」
僕たちは男女比3:2のグループなので、誰かが余る必然的だけど。
「残念だな始~お前だけ余ってんな」
「ふ~ん…ってことは二人とも認めるんだ」
「「だから付き合ってない!!」」
二人と馬鹿みたいな話で盛り上がっている内に、胸騒ぎなんてどうでもよくなっていた。
ヒマリの誕生日まで、あと四日。
十二年前 8月27日
明日はヒマリの誕生日、みんなで考えたサプライズでヒマリを驚かせるんだ。そしてヒマリにプレゼントを渡して、そして…そして…その後、僕はヒマリに告白するんだ。ずっと隠してきた気持ちを、ヒマリに伝える…覚悟は決めた。
「ヒマリは僕のことを…どう思ってるんだろ」
ヒマリのこと、明日のことを考えるだけで顔が熱くなって胸が痛くなる。
断られたら、その後僕らは気まずくなってしまうのだろうか、時折そんな不安が脳裏を過ぎる。けど、健司と始が押してくれた背中をこれ以上怯ませたくない。
少しでもぼんやりするとヒマリの顔が頭に浮かぶ。考えれば考えるほどいたたまれなくなる。恥ずかしくて気を紛らわせても、声を、匂いを、仕草を、思い出してしまう。
誰よりも、僕がヒマリを想っている。出会ってからずっと傍で見てきた。健司よりも、始よりも、まりなよりも、僕がヒマリをずっと見ていた。
だから、君に嫌いと言われようが返事が期待通りじゃなかったとしても、僕のヒマリへの想いは変わらない。
僕は期待に胸を膨らませていた。明日を考えると胸が躍る。緊張と不安、希望と理想、それらが複雑に絡み合って生まれるものは不思議と居心地の悪い感情ではなかった。
あぁ…明日が楽しみだ。
*****
「その日の夜のことだったね。あれは十時くらいだったな。健ちゃん、始、まりな。ヒマリを除いたいつもの連中が血相変えて僕の家まで押しかけてきたんだ。顔面蒼白で息を切らせて、只事じゃないってことはすぐに分かった。目に涙を浮かべるまりなの顔は見てられなかったなぁ…」
「ちょっ…支配人さん…?」
「ヒマリって…まさか…」
「三人の急がなきゃって雰囲気は感じたけど、まず話を聞こうとしたんだ。けれど、どうしたの?って聞くよりも前に健司がこう言ったんだ。『いいか、落ち着け…落ち着いて聞いてくれ…』まるで自分自身に言い聞かせてるみたいに言った後に『春朔…あのな…あのな…』健司は焦ったい奴でさ、どうにも勿体振るから早く話すよう催促したんだ。そしたら思いがけない言葉が出てきてね。
『ヒマリが…溺れて…死んだって…』
その後、発見されたヒマリを見るまで信じられなかったなぁ…」
俺は支配人が何の話をしているのか理解するのに時間がかかった。これは実体験、永井先生からも聞いた『ヒマリ』という人物を亡くした支配人の。
一瞬、世界から音が消えたみたいに静かになった。波の音、鳥の鳴き声、風に揺れる草木の音、全てが消えた一瞬の静寂。
その直後に支配人は俺と目を合わせた。これまでにない、海水のように冷たい目で。
「将也くん、そろそろ察してくれたかい」
「察する…?」
海は弱々しい波を立てる。支配人は深く息を吐く。
「結論を言うとね、死者の蘇りなんて起こらなかったよ」
支配人は優しく笑っていた。
「まりな」は麻里に永井の「な」をつけたもの。
「健ちゃん」はそのまんまですね。
「ヒマリ」は碑島の「ひ」えじ「ま」に凛の「り」です
始と春朔のあだ名が思いつかない…




