第六十五話:橋渡しの誘い
È un diavolo o un angelo che si nasconde?
起床A.M.5:13
見慣れない景色の中で目が覚める。あまり良い寝覚めとは言えない。夜の真っ暗な空とは反対に、朝日に光を灯されている時間。季節に合わない肌寒さで、フカフカの布団に包まって出られない。和室を象徴する畳の匂いがまた瞼を重くさせる。横で寝ている二人はまだ寝ているので、二度寝してしまおう。そう思って再び目を瞑ってもなぜか眠れない。一度目を覚ましたせいで脳が覚醒したのだろう。
仕方がないので起きることにした。身体が冷えないよう茶羽織を身に着ける。と言っても、まだ朝も早いので窓際に置かれた椅子に座って外を眺めようと思う。
ここでの早朝は、駅周辺や鷹住市中心部で何時も飛び交う人の騒々しさに代わって、時折激しくなる波の音や種類の分からない鳥の鳴き声が耳を撫でる。海、山、空、自然に囲まれたこの旅館『平川屋』から見える景色を眺めていると、心も体も浄化されたかの様に軽やかになる。
そういえば最近、海の夢を見ている気がする。ハッキリと思い出せないものの、海の底に沈んでいく夢だったはずだ。夢見心地は悪くはないが、その夢を見た朝は決まって正体不明の虚無感に襲われる。
そんなことを考えていると夢関連であることを思い出した。今日見たはずの夢を、漠然と思い出す。今日の夢は、また一段と不思議な夢だったな。寝ぼけが薄ら残っている、覚醒したての脳を回転させる。確か…みんなが寝静まった深夜にこの部屋で目が覚めた。誰かを追いかける為に平川屋を出て、海辺を一人走る。平川屋より奥の砂浜が続く道を。その果てで島を見つけて、そこで誰かと話していた。そんな夢だったかな…あまり詳細に思い出せないが、大体そんなところだろう。
その晩に支配人から「旅館の奥は危険だからね」と言われて恐怖心が生まれたのは確かだ。その夢を見たのも、起床時に焦燥感が苛まれたのもそのせいか。
たまにはこんな風に、自然が奏でる音を聴きながら黄昏るのも悪くはないな。
それから自然の風景を目に焼き付けること約二時間、スッキリとした表情で尚輝が起きた。
「ふわぁ~…あれ、命苫早いな。おはよう」
尚輝の逆立っている寝癖を見て、つい微笑みがこぼれる。
「おはよう、尚輝」
太陽はすでに、水平線から離れていた。俺は今この瞬間、異郷の地での初めての朝を迎えた。
*****
朝食を食べ終え、俺たちは今一度部屋に戻ってきた。
「早乙女さんは着替えも済ませて髪も整えてたのに…まったくお前らときたら!!」
開口一番、葉山が説教じみたことを言った。恐らく葉山は、俺と尚輝が寝巻きと逆立った寝癖のまま、朝食に向かったことを言っている。だけどそれは全く響かない。
それもそのはず。本人の葉山だって俺たちと同じような格好だからだ。加えてこいつは、部屋を出る五分前に起きて半覚醒状態で朝食を摂っていたのだから。時々持ち上げたお皿を落としそうで、内心ヒヤヒヤしていた。
「何言ってんだか」
「命苫、無視無視」
「お前らひでぇよ!!」
起床から一時間も経たないうちに葉山もいつものペースを取り戻し、相変わらずの調子で会話をする。そうこうしている間に全員身だしなみを整え、放置していた布団も綺麗に畳み、元のように押し入れに戻す。
「それで今日はどうする?」
「まずは伝承の場所を探さないとな」
夕凪の幻はこの地域に伝わる伝承ではあるものの、その儀式を行うのは特定の場所でないといけないらしい。確か…『かの土地の最北に位置する沿海』だったな。
「なんで麻里ちゃんに訊いてこなかったんだよ~」
「全く忘れてました…すみません…」
これは一番大事なことを聞き忘れた俺の失態だ…かたじけない。
「後悔先に立たずだ。当てもなく探すわけにもいかないし、支配人に知っているか聞いてみよう」
ナイスフォロー尚輝。後であそこの駄菓子屋で御馳走しよう。
「よし、決まりだな!!早乙女さんも呼んで聞きに行こう!!」
葉山に続き、俺と尚輝は「おー!!」と歓声の一言。
この時にはもう、俺は今日見た夢のことなんて忘れていた。
各々が身支度を終え、朝食を食べた八畳間の和室で集まっている。支配人は仕事を進めると言って何処かへと行ってしまった。階段を上る音が聞こえたので二階の奥の部屋にいるだろう。
丁度今、先ほど男子部屋で話したことを早乙女に伝えたところだ。
「そうだね。支配人さんなら何か教えてくれるかも」
「ただ問題があって、あの人ずっと仕事してるから聞けるタイミングあるかな」
言われてみて気が付いた。支配人は俺たちの食事や部屋の準備してる時以外、基本的に姿を見せない。あまり客はいないって言ってたけど、旅館の仕事ってそんなに忙しいのかな…
「タイミング見計らって聞くしかないな」
俺たちの都合で仕事の邪魔をするわけにもいかないし、手が空く時間があってくれるといいけど。
「ところであの女の子は?」
会話が途切れそうなところ、葉山が早乙女に問いた。それまで記憶になかったが、すぐに昨日の晩のことを思い出した。驚きの再会を果たした駄菓子屋の少女・酒山美音。あの後は、昼間の活動で疲れ果てていた俺たちはすぐ部屋に戻って眠ってしまったが、本当に早乙女と同じ部屋で寝ていたらしい。大人びていて穏やかそうな子だったのでトラブルの懸念はないが、早乙女が初対面の子と二人だけで緊張していなかったか心配なところだ。
「それが美音ちゃんすごくいい子でね、結構仲良くなったの」
「それはよかった」
この口ぶりだと俺が心配することは何もなさそうだ。
「でも、ずっと寝てるのよね…さっき部屋に戻って時も寝てたし…」
早乙女が美音ちゃんを気がかりそうにしていると、松模様の襖が静かに開いた。襖は半分のところで止められ、開かれた間から支配人が顔をひょっこっと出した。
「支配人さん⁉」
「いきなりごめんね。君たちの話が聞こえちゃったからさ…」
支配人は微笑しながらも申し訳なさそうに言う。
「今暇だからさ、さっき言ってた”夕凪の幻”の場所、案内できるよ」
朗報だ。この好機を逃すわけにはいかない。
「ちょっと待っててね。準備してくるよ」
本当にこの人には頭が上がらない。
平川屋を出てすぐの砂浜で待っていると、紺色Tシャツに深緑の薄いジャケットというラフな格好の支配人がこちらに向かってくる。
「お待たせ」
とは言うものの、待ち時間は三分も経っていない。
「それで、その場所はどこに?」
「この先だよ」
そう言って支配人は細くて長い人差し指でその方向を指す。指の先には湾曲して先の見えない沿岸しかなかった。
「でもこの先って…」
何を隠そう支配人の指が指しているのは、昨日危険だと言われた平川屋よりも奥の沿岸だ。
俺はこの時、なにか違和感を感じた。デジャヴのような既視感を。
「安心して、僕がいるから大丈夫だよ」
自信満々に言い放った支配人は、ジャケットのポケットに手を突っ込み不敵な笑みを見せた。この人の悠然とした姿は、不思議と安心感を与えてくれる。
「それじゃあ案内するよ。夕凪の聖地、オウセン島へ」
そしてこの先で、デジャヴは違和感から確信に変わる。
最近、集中力が続かなくて一話書くのにも苦戦しています。
そして布団から出られません。
満身創痍です。




