第六十三話:逢瀬の兆候
Perché le persone hanno dei segreti?
そんなこんなで部屋に着いた俺らは、敷かれた畳の上に倒れるように横たわった。
あーもう無理。正直しんどかった。普段からしていない早起きから始まり、三時間ほど電車に乗り続け、半日もの間海で遊び泳いで。普段から動かさない身体をここまで酷使すれば全身が悲鳴を上げるのも当然だ。さっきまで、そんな状態で一時間も話せたのが不思議でならない。それに喧嘩で名を馳せている葉山や尚輝だって俺と同じように横になっているのだから、俺には耐えられるわけがない。
「起きろ将也、尚輝。布団敷こう」
そうか…このまま畳で寝たらダニに刺される。数年前に床にそのまま寝たら身体中刺されて眠れなかったな…
苦い思い出を糧に疲れを訴える身体を起こす。一足先に葉山が開けてくれた押し入れから三人分の布団を引っ張り出す。
「尚輝…起きるんだ。オレ達だって眠くて倒れそうなんだ」
俺はもう尚輝を起こす元気もない。
なんとか三人の布団を敷けたものの、大雑把にシワシワに、ただ掛けられている様にしか見えない。そんな雑に敷かれた布団に一切の躊躇もなく倒れ込む。このフカフカ感、最高満点の寝心地だ…
俺にこんな修学旅行みたいな状況が訪れるなんて…小学校中学校と修学旅行を楽しめなかったせいで、体力が尽きるまで楽しんでしまった。本来ならば、これから男子だけの空間で教師の愚痴やクラスメイトの噂話、それに恋バナをして盛り上がるのだろう。
だけど現状では、そんな理想叶いそうにもないや…もう瞼が重い…
「尚輝、ちゃんと布団で寝なさいっ!!」
ぼやけていく視界の中で、葉山が力を振り絞って尚輝を布団まで引っ張る様子が見える。明日は夜までちゃんと体力を温存しよう…そう心に誓って、ようやく瞼を閉じる。
「将也…もっと横にずれろよ」
もう返答する気力はありません。ノンレム睡眠中…
ようやく疲れた体に休息が…安堵に包まれながら眠りにつこうとした瞬間。
「そういうことは早く伝えてよ‼︎‼︎」
女性の怒鳴り声と共に、勢いよくドアを閉める音が旅館中に響き渡る。
何の前触れもなく出された騒音は、疲労困憊だった俺たちの眠気を一気に取っ払ってしまった。
さっきまで起き上がろうとしなかった尚輝ですら、目を見開いて周囲を見回している。
「なんだなんの音だ⁉︎」
戸惑いを隠せていない葉山が、部屋の外の様子を見る。
「みんな大丈夫⁉︎」
あれだけうるさければ、当然早乙女の耳にも届くだろう。けれど聞こえてきたのは女性の声だったよな…?
「早乙女さん…の声じゃないよな」
「うん。ってことはもしかして…」
恐らく、今俺たち全員の脳内には同じ人物が浮かんでいるはずだ。怒鳴り声の正体は…
「私の部屋に来るもう一人の誰か、だよね」
早乙女の言う通り、俺たちもそう考えている。それにしてもあそこまで怒鳴るって、一体何があったんだ?
「一応、下の様子確認してみよっか」
「そうだな。尚輝と将也、目ェ覚めたんなら行くぞ」
「あぁ」「おう」
俺らは簡単な返事だけして立ち上がる。葉山と早乙女が率先して先に進んでくれるので、その後ろをついて行く。正直乗り気じゃないが、折角目が覚めたので行くことにした。
階段を降る途中、支配人と女性が言い争っている声が聞こえてきた。言い争いというよりも、女性が一方的に怒っていると言ったほうがいいな。
その現場は降りた途端に目に入った。階段と入り口を一直線でつなぐ廊下の先には、怒る女性をなだめる支配人、それと支配人に怒りをぶつける女性が立っている。そんな光景に俺たち一同は、口を開けて啞然としてしまった。
「お客さんが来るなら先に伝えてっていつも言ってるでしょ!!」
あまりの驚きに、運命なんて気取った言葉を使いたくなった。まさかあの支配人が女性の尻に敷かれるタイプだったとは…俺たちを驚かせたのはそこではない。
支配人に対して何かを怒っている女性、いや…女の子と言うべきか。その子の姿は、昼に見た格好から変わっていなかった。
俺は無意識に駄菓子屋での出来事を思い出していた。その子とは既に、休憩がてらに立ち寄った駄菓子屋で出会っていた。お店の奥からもの凄い勢いで飛び出して、俺と衝突したあの少女。外見年齢はおよそ十歳。半袖パーカーを着ているサラサラのショートヘアの女の子。まさかこんな所で再開するとは思ってもみなかった。
支配人に聞いた情報から、もう一人は俺らと同じ高校生だとばかり思っていた。二十代からしたら俺らは同じような年齢になるのだろうか。
「ってあれ、あなた達…おばあちゃん家に来てた人たちだ」
ん、おばあちゃん家…?何の話をしてるんだ?
「えっ、もしかして美音とはもう会ってたのかい?」
美音、とはその女の子のことか。会ったといっても、予期せぬ出会い方だったが。
「昼頃に向こうの駄菓子屋さんで…」
早乙女の言葉を聞いた支配人は、ミステリアスなイメージを破って噴き出すように笑った。
「ハハハッ、まさに運命だね。ほら美音、ご挨拶しなさい」
女の子は支配人に言われてハッとし、俺らに体を向けた。
「お久しぶりです。私、ここ平川屋で手伝いをしている酒山美音です。みなさんの旅が素晴らし…」
「はいはい美音、そこまで」
「なんでよ!私だって平川屋で…」
支配人は美音ちゃんをそっちのけで俺らに言った。
「それじゃあ改めて、『平川屋』へようこそ」
これはただの偶然なのか、それとも人智を超えた何かの影響か。それは誰にも分からない。
だけど、美音と巡り合いを偶然や運命なんて言葉で纏めてはいけなかった。この場所にいる人たちとは出会うべくして出会った、そう思う。
美音ちゃ〜ん♡♡♡




