第五十九話:小さな旅
「あーもう、おでこ痛い!ほんと最悪!」
電車に揺られること約三時間。永井先生に教えてもらった旅館の最寄り駅まで到着。うみのみえるりょかん旅館らしいのだが、ここから海を望むことはできない。
「駅から遠いのかよ…」
先生から旅館の詳細を聞いた時、おまけ扱いで付け足していた言葉を思い出す。「旅館は駅から徒歩三十分だぞ~」あの時謎に浮かれてたせいで気にも留めていなかった。まさか今になって後悔として蘇ってくるとは…
「三十分くらい余裕だって」
「みんなで歩いてたらすぐ着くわよ」
「折角なんだから歩こうぜ」
みんな俺を励まそうと…目に涙を浮かべる。
もちろんみんなの優しさに感動した部分もある。が、涙の大半が三十分かかる長距離を歩きたくない嫌悪からきている。なにせ俺は体力に自信がないのだ。この夏の暑さに耐えながら歩けってか。
「てか、歩きじゃなきゃ行けねえしな」
葉山さん知ってますよそんなこと。バスくらい出しててもいいだろ…
「ほら命苫くん、行こ」
前を歩いている早乙女が、後ろを振り返る。足取りの重い俺に向かって手招きをして。
そうだ。ここの海、あの子とも一緒に来たっけ。俺と麻樹と母さんと、明日香と明日香の母と。確かその時も、今みたいなことやってたっけな。あまりの遠さと暑さに嫌気が差した俺に手招きして。それでも俺が遅いもんだから、結局明日香に手を引かれて無理矢理連れてかれたな…
「分かったよ…」
仕方のない状況では折れる方が早いな。それに、今日は手を引かれるほど歩くのが苦じゃない気がする。
とは言ったものの、体は正直だ。半分を歩いた頃、あまりの暑さに俺のみならず早乙女と尚輝までもが息を切らせている。
「おいおい、情けねえな」
息を切らせていない葉山が呆れた表情で俺と尚輝を見下ろす。
俺らがグデりだした時、丁度いい所に昔ながらの駄菓子屋を発見したので休憩がてら寄ることになった。外装はどこから見てもレトロな感じを醸し出していて、ガラス張りの出入り口の前には軒が突き出ている。その軒には氷と書かれた旗が吊り下げられており、軒下には三人が座れそうな青いベンチと自動販売機が一台だけ置かれている。
「まっ、入ってみようぜ」
そう先陣を切ったの葉山だ。その一言を聞いて、入り口に近かった俺が、引き戸に手をかける。開きずらいガラス張りの引き戸を開けると、いくつもの木製の棚に、小袋の駄菓子が綺麗に陳列されている。コンビニに二桁で売られているものから、謎のキャラクターが描かれたもの、見たこともないお菓子まで、パッと見ても種類が豊富なのだと分かる。
「また後で来るから、あんまり動いちゃだめだよ!!」
すると、店の奥から誰かが勢い良く飛び出してきた。俺らが来ていることに気がつかなかったのか、俺と真正面からぶつかる。
「命苫くん大丈夫⁉」
「うおっ、なんだ⁉」
「大丈夫か?」
三人とも驚いているが、一番驚いてるのは俺だろう。額がズキズキと痛む。
「いって…」
「ちょっと何よ!!」
目の前には、半袖パーカーを着た十歳くらいの女の子が俺と同じように額を押さえている。この子が店の奥から飛び出してきたのだとすぐに理解する。
「あの、ごめ…」
「もしかしてお客さん?私急いでるから、お代あの机置いといて」
俺が謝るのを遮り、謝罪を言わず聞かずで走り去ってしまった。あの机と指さした先には、算盤と大量の小さな紙が置かれている木の机があった。
「おでこ赤くなってる」
「大丈夫だって」
こうも心配してくれるのは早乙女だけだ。
「災難だったな将也」
まさかここでケガするなんてな。それにしても何だったんだあの子…
それから、小腹を満たす用のお菓子を何個か買った。言われた通りお金は机の上に置いて。各自自販機で飲み物を確保し、ベンチで少し休んでからまた旅館目指して歩き始めた。
そこからは早かった。休憩のおかげか俺たちは活力が満ち溢れていて、十五分ほどで砂浜の海に着いた。
少しの間潮風にあたってから、すぐに古びた建物を見つけた。
そして今に至る。
「まりなから来るって聞いて、待ってたんだ」
支配人の男は、まるで仲の良い友人と久々に再会したかのように喜々としている。どうやら俺たちが来るのを楽しみにしていたようだ。
支配人が引き戸を開けると、向こうに広がったていたのは驚くほど綺麗な、和風の内装だった。
「おぉ…!!」
俺たち一同、感嘆の声をあげる。
「海の旅館『平川屋』へようこそ」
そう言って、目を細めて笑う狐のような支配人。外装と内装の差に、ますます狐に化かされているのではと思ってしまう。
もう…八月は過ぎ去ってしまった。
絶望タイムです。




