第五十八話:ひと夏の思い出になりますように
『ひと夏の奇跡』を祈って…
穏やかな海の目の前、山の一区画を切り取ったような敷地に建てられた老舗旅館。築年数は八十を越えるであろう外装からは、人の営みを全くとして感じられない。
海の近く、活気を失った旅館。心霊スポットの要素が揃いに揃っている。
「おや、もしかして君たち…」
誰も背後に立っていた人物に気がつかず、俺たち四人は驚きの声をあげる。
「えっと…どなたでしょか…」
いつもは毅然としている早乙女でさえも、驚きか恐怖か、低姿勢で伺う。
「驚かせてごめんよ、僕はこの旅館の支配人さ。君たち、まりなの生徒さんだよね」
この老舗旅館の支配人だと名乗るその人は、旅館の外装からは予想できない、若々しい優男だった。
「まあ、立ち話もなんだし中に入ろう。支配人としてご案内させていただきます」
俺たちは支配人に手招きされ、次々に旅館に入っていく。なんだか狐に化かされてる気がする…
失礼だけど、こんな廃墟じみた旅館で数日間お世話になるのかぁ……
事は遡ること四時間前。
鷹住市唯一の駅に午前六時に集合予定だったはずだ。今集まっている全員に聞いても口を揃えてそうだと言っている。うん、俺は間違えてない。だとしたら…
「葉山は遅刻か…」
今回、俺に同行してくれたのは三人。早乙女と尚輝と葉山。だがその内の一人である葉山が、予定時間の五分前になっても姿を現さない。まったく呆れた。生活面は俺と肩を並べる程に問題があるのでもしやと思っていたが、まさか予感が的中するとは。いや俺は道化じゃない時は問題ありませんけどね。
「集合時間早めに設けといてよかったな」
「ねっ、篠原くんのおかげだ」
「まあ、いつものことだしな」
終業式の日、お決まりになったあのカフェで四人で計画を立てた。ほとんどの計画はスムーズに立てれたが、集合時間を決めるのに少し時間がかかった。当然、遅刻予備者がいるのに朝早い時間は無理だろうということで、妥協に妥協を重ねてこの時間。
計画が纏まり、ひと段落付いた葉山がトイレに行った隙を尚輝は見逃さなかった。「葉山には六時と言ったが、おれ達は七時に集合しよう」と俺と早乙女に提案してきた。訳を聞くと、葉山は待ち合わせの一時間は遅れるのだそう。
俺たちは本来の予定の七時集合。遅刻の可能性が高い葉山には一時間早い六時集合。その提案に俺も早乙女も承諾したが、俺は来る直前まで半信半疑の状態だったが…尚輝の予言通りに一時間の遅刻。
「まさか一時間も遅れるとは…」
素でこれの葉山と肩を並べる自分に鳥肌が立つ。学校でもこいつらの前みたいに素が出せたら…と密かな願望を抱く。
そして五分が経過した頃、こちらに手を振りながら葉山が近づいてくる。驚くことに丁度一時間の遅刻。これはある種の才能ではないだろうか。
「いや~ごめんごめん。家族が目覚まし壊し…ガハッ!!」
葉山の言い訳は虚しくも全てを語ることが許されず、腹部めがけて尚輝のナックルパンチが炸裂する。
「遅い」
「ごめんって…あの人いつも勝手に目覚ましいじるんだよ…」
「またかーさんのせいにしてる」
「今回は本当なんだって…」
かーさん…母さんか。その言い訳はさすがに苦しいぞ葉山。
「みんな、次の電車来ちゃうよ」
「あっ、やべっ」
「行くぞ優希!!」
「ちょっ待っ…腹が…」
俺たちは急いで改札を通りホームに降りる。一名腹を抱えて。
夏休みに入って一週間が経過した今日も、この時間帯のホームには人が沢山集まっている。これから出勤であろうスーツ姿の大人たち、キャリーケースを持って顔に笑みを浮かべている人、制服を着た中高生たちもちらほら。
『二番線、電車が参りま~す。危ないですからーー』
葉山も俺たちの予定通りに遅れ、乗ろうとしていた電車にも何とか間に合った。出だしは順調に進んでいる。このままアクシデントなく”夕凪の幻”に逢えたらいいな…
「尚輝もっと奥詰めろよ」
「うるせぇ、お前がそっちいけ」
朝から活気のある二人を見てるとこっちまで元気になってくる。二人に苦笑を浮かべてると、同じく二人を苦笑していた早乙女と目が合う。今回の目的のせいか、この子を見ると胸が痛くなって鼓動がうるさくなる。
「今日誘ってくれてありがとね」
早乙女は苦笑いを微笑みに変えて、俺に小声で伝えた。
「早乙女が来てくれて良かったよ」
そう返すと、早乙女はニコリと笑ってすぐに視線を車窓から見える景色に移してしまう。この二人と数日行動を共にすれば、俺の体力はものの一日で枯渇してしまうだろう。
でも、この面子なら退屈はしなそうだ。
電車に揺られながら、今日から数日間について考える。正直なところ、未だに地域の伝承を信じてはいない。
ただ俺はこの旅に「ひと夏の青春」を、淡く、無意識に期待していた。
いいな~自分も友人とひと夏の冒険をしてみたい。
現実は残酷ですね。もう夏が終わりですよ。こんな暑いのに。
僕のひと夏は家でぐうたらですね。なんと虚しい。




