第四十七話:身代わり
この5年間は無駄じゃなかった
初めましてだ
命苫の血よ
「はぁ…はぁ…はぁ…」
その場所に着いた時には、陽は完全に沈んで暗闇に包まれた世を月が照らしていた。長い間放置されていた廃工場にしては綺麗にされていて、人の手が入っているようだ。だが映像に映っていたのは、人から忘れられ、荒れ果てた場所だった。麻樹から送られてきた住所、もしや嵌められたのではないかと不安がよぎる。
「麻樹ー‼︎どこだー‼︎」
俺は焦っていた。麻樹に何かあったらと考えると冷静さを保てたくなりそうだ。楓葉の目的が分からない以上、悠長にしている暇はない。
「麻樹ー‼︎返事をしてくれ‼︎」
当然の如く、俺の声が虚しく響くだけで返事は返ってこない。ここ以外にアテがない。どこにいるのか全く検討もつかない。どうすれば…どうすればいいんだよ。
すると工場内に、ゆっくりなテンポで叩かれる拍手が響き渡る。パチ…パチ…と五回ほど鳴ってその音は止まった。
「来てくれたんだね。将也くん」
背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。俺は後ろを振り返り、声の主を鋭く睨む。
「湖山…楓葉歩…」
そこで立っていたのは楓葉ただ一人だった。ニマリと渇き切った、目が笑ってない笑顔。
「今まで通り、湖山でいいのに…」
「麻樹はどこだ‼︎麻樹は無事なんだろうな⁉︎」
楓葉の戯言を聞く気は無く、怒声に近しい声で麻樹の安否を聞く。
「助けにはこないと思ってたよ」
たが楓葉は答えず、俺の焦りを煽る。
「さっささと答えろ!麻樹はどこに…」
楓葉が口を開き、俺の質問を遮って言った。
「大事な人を守れなかった将也くんに、妹は守れるのかな?」
…‼︎その一言で何も言えなくなった。大きな石を投げられたような感覚だった。
「僕知ってるよ。君のこと。過去に何があったのかとか、誰を恨んでいるんだとか」
俺に衝撃を与えたのは、なぜ楓葉がそのことを知っているのかということではない。あの瞬間を思い出して、尚輝や早乙女、葉山と共に過ごした日常がまた壊れたしまうのではないか、そんな先の見えない恐怖だった。
「麻樹ちゃんならこの奥にいる。ついてきて」
そう言って楓葉は手招きし、奥へと消えてゆく。俺はワンテンポ遅れて楓葉の後を辿った。少量の月明かりに照らされて、足場がよく見えて躓くことはない。
「麻樹…!!」
奥に入って初めに目に入ったのは、横になって眠る麻樹の姿だった。窓から差し込む月光が、拘束された麻樹を天使のように彩る。
「惨い場所だろ?」
麻樹に見とれて、この場所の異様さに気づくのが遅れた。さっきまでいた所と今いる場所が、同じ工場内だとは思えないほどに荒々しい。五感をピリつかせる殺伐とした雰囲気。好き放題に伸びる蔦。何より…至る所に残っている血の痕。ここで何かが起きたことは容易に想像できる。特に麻樹が寝そべっている箇所は大量の血痕が広がっている。恐らくはそこで、人が亡くなっているんだろう。
「ここで彩子は死んだんだ。僕の目の前で、息をしなくなった」
目の前で…楓葉の目の前で誰かが死んだ…
「湖山彩子。十七でこの世を去った、僕の恋人」
湖山…!!楓葉は目の前で愛する者を亡くした。いや、きっと殺されたんだ。俺たちの父親、命苫将人に。
「もう気づいてるだろ。ずっと恨んでいた、憎かった。あの時ただ見てるだけだった自分を何度も呪った」
俺は無意識のうちに楓葉を自分自身と重ねていた。目の前で大切な人を亡くし、自分の無力さを怨み、頭の中で幾度も犯人を殺して、届かない思いをずっと胸に仕舞っている。
「楓葉…お前も被害者だったんだな」
「あぁそうだよ」
そうだったのか。父親捜しに手を貸していたのは、会って恨みを晴らすためだったん…
「なら…なんで麻樹を攫った?」
そうだ。こいつは俺たちの父親を恨んでいる。俺たち兄妹はその仇の血の繋がった家族。垣間見えた楓葉の怒りの視線。
「まさか…」
「そこは気づくのが遅かったね。そうだよ…」
動画で言っていたあの言葉の真意を、今になって理解した。全てにケリをつける。恋人を殺した犯人の子供を、恋人を殺されたこの場所で。
「父親の代わりに、天誅を受けろ。命苫将也」
なんと言いますか、ここ最近あまり体調が優れず執筆活動が滞っています。
この作品をご愛読されている方々、本当に申し訳ありません。
もう少しの期間はゆーま(ウェイ)の活動が遅れますが、再開後には一皮剥けているはずですのでもう少々お時間をください。




