第四十六話:鉄槌
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代金を払い店から出ると、視界に映る景色は夕日に照らされ、マリーゴールドの濃い橙色で煌めく時間になっていた。父親の捜索から始まった今回の件、調査が進むにつれそのスケールは莫大に膨れ上がっていった。父親の生死が不確かなこと、父親が凶悪な殺人犯だということ、父親の元カノに出会って事件当時の話も聞いた。臆病者の俺は、今になっても捜索に手を突っ込んだことを後悔している。
俺が今から会おうとしている青年は、父親と、俺や麻樹とどんな関係があるのだろうか。きっと彼は俺たちにいい感情を抱いていないだろう。恨みや憎しみ、軽蔑や憎悪、そういった類のものだ。俺が父親と”あの男”に抱いているものと似通っているはずだ。あの知的な青年の内側にはどんなどす黒い闇が潜んでいるのか、なんで名を偽って俺たち兄妹に近づいたのか。きっと彼にも事情がある。今日、それらを明らかにするのが、ここまで真相に近づけた俺の役目だ。
湖山邸に向かおうと足を進めたと同時に、ポケットに入っているスマホがバイブを鳴らす。いい感じに決まった雰囲気を壊す通知に少々腹を立てたが、念のため確認しておこう。これで葉山のくだらない連絡だったら、明日にでもグーを一発入れようと思う。そう心の中で呟き、ポケットからスマホを取り出す。有名な連絡アプリを開くと、メッセージの送り主は麻樹だと判明した。こんな時になんだよ…さっき以上に腹を立てる。だがその苛立ちはすぐに困惑に塗り替えられた。
麻樹から送られてきたのは、一本の動画だった。三十秒程度の短い動画。困惑しながらその動画を再生すると、真っ黒な映像が流れた。その後ろでは、微かに誰かの話し声が聞こえるが全く聞き取れない。十秒ほど経つといきなりアングルが変わり、映し出されたのは廃工場のような場所だった。荒廃したその場所は、夕陽が差し込んで明るい。ただ、そんなことはどうでもよかった。いや…それどころではなかった、と言うべきだろうか。電球の弱い明かりの下には、手を後ろに回されガムテープで拘束されている麻樹が横たわっている。どうやら眠っているようだ。スマホのアングルを変えたであろう人物は、画面の中央でこちらを見つめている。俺は頭の中が真っ白になった。
「見えてるかな?まずは落ち着いて。さしずめ君は…学校帰りに立ち寄ったカフェで僕の本名を知り、僕に会いに向かっているところじゃないかな」
画面で話しているそいつは、今までの俺の行動を言い当てる。
「やっぱ長い間この職に就いていると、分かっちゃうんだよね」
そう嬉しそうに喋り、ニコッと笑顔を見せる。麻樹が父親捜しを依頼し、今まで共に手掛かりを探していた探偵が画面に映し出されている。湖山彩人…楓葉歩が、映っている。
「なんで…こんなことに…」
俺の口から出た言葉は、弱弱しい間抜けなセリフだった。これは俗に言う『誘拐』ではないだろうか。
「そんなことはいいとして。命苫将也くん…」
笑顔で話していた楓葉歩は、憎しみを滲ませた鋭い表情に変化した。その気迫は、画面越しでも感じ取れるほどの圧だった。
「女神が微笑むのは…僕か奴か。全てにケリをつけよう」
驚きと、少し残っている困惑、そして焦り。感情の整理ができていない俺は声すら出なかった。
「…君が来てくれるのを待ってるよ」
最後に楓葉歩が渇いた笑みを浮かべて、映像は終わった。
混乱。映像が俺に植え付けたのは、思考が停止してしまうほどの情報量だ。俺の脳が感情の処理を最優先とし、考えることを放棄している。今の俺には、何もできない。
すると、そんな状況に構わずに鳴ったバイブ音が、またしても俺の頭を真っ白にさせた。
麻樹からだった。そこにはとある場所の住所が書かれていた。見覚えのない、知らない住所。俺はすぐに調べた。手に握っている万能なそれで、送られてきた住所を検索する。
結果はすぐに出た。ヒットしたのは鷹住市の端っこに位置する廃工場だった。住宅街にそびえ立つ、ずっと前から放置されている立ち入り禁止の廃工場。そこに麻樹がいる確証はない。ただ考えるより先に、体が動いていた。ナビを設定し走って廃工場へと向かう。
『全てにケリをつけよう』
廃工場に向かって走る身体は、どうにも重たい。
*****
廃工場の一角。陽が沈めば薄暗いこの場所も、今の時間は夕陽が差し込み目が眩む。当時の血痕が今もここには残っている。こんなこと彩子が知ったら怒るだろうな。でももう、後戻りできないところまで来てしまった。全てを失ったここで、長年の因縁に決着をつけようじゃないか。
準備はできた。計画も順調だ。命苫将人に二人の子供がいることを知った僕は、どうにかしてこいつらに近づけないか悩んでいた。そこで思い浮かんだのが、彩子が生前夢見ていた”探偵”。そのタイミングで命苫将人の娘が自身の父を探しているという情報が入った。思いついてから行動に移すまで、そんなに時間はかからなかった。僕の父親は警察で、そのツテを使って命苫将人が関与している事件の詳細を手に入れた。父さんに関しては、とっくの昔に殉職している。
下準備を終えてから、命苫麻樹に接触した。それは意外にも簡単で、すぐに懐いてくれた。だが、命苫将也の方はそう簡単には出会えなかった。麻樹ちゃんに何度も呼ぶように勧めたけど、当の本人が姿を現すことはなかった。バイト先のカフェに来ているのを何度も見かけたけど、接触するには不向きな状況だった。そしてやっと訪れたチャンス。麻樹ちゃんがうまいこと命苫将也を誘い出し、近づくことができた。どうにも警戒されてるようだが、そんなことは気にしなかった。命苫将也に接触できたこと、これで僕の計画が本格的に動き出す。嬉しさなんて微塵も無かった。僕はただ、命苫が彩子のことを忘れてのうのうと暮らしていることに強い憤りを覚えた。僕が裁きを下すんだ、そんな決意が固まった。
そして審判の時は来た。麻樹ちゃんを廃工場に拉致し、人質として利用し命苫将也を誘き出す。後は彼がここに来るのを待つだけ。安心して彩子の元へいけるように、ここで僕が命苫将人の事件を終わらせる。
司法では裁けない巨悪を、僕が裁き、罰を下す。
「これが終われば、僕もそっちに逝けるよ…」
僕は復讐をしたいんじゃない。罪を犯した罪人に、正当な罰を与えたいだけなんだ。そう…僕は審判員だ。
背負った役目を果たすことは、復讐じゃない。
※カメラのフラッシュにご注意ください。
パシャパシャ
「なぜこのようなことが起きてしまったのでしょか」
「お答えできません」
パシャパシャパシャパシャ
「また同じことを繰り返すおつもりですか⁉︎」
「お答えできません」
「お答えください!なぜ投稿頻度が落ちているのでしょうか!」
「記憶にございません」
「投稿頻度の低下について、どのようにお考えでしょうか」
「私が答えられることはありません」
不毛な記者会見は5時間も続く。彼は何故、頑なに真実を話そうとしないのか。その後も記者は質問を投げかけたが、彼は何一つとして話しはしなかった。




