第四十三話:歪みの記憶
Non collaborerò.
19XX年7月6日 P.M.A.M.■:■■
最期に時間を見たのは、朝の五時だった。将人から希ちゃんと連絡が取れたから出社したら見たほしいとのメッセージが送られてきた。いつもならこの時間は夢の中なのに、どうしてかその日は目が覚めてしまった。これまで無断欠勤がなかった希ちゃんがいきなり職場に出社しなくなって、私の心の内は不安と心配で満ち満ちていた。将人から送られた文面を見て準備もそこそこに、急いで店まで向かった。まだ誰もいない時間、将人もいるか分からないのに。希ちゃんのことで頭がいっぱいだった。
そこからはさっき話した通り。その時の私は目の前で起こっていることがなにか分からなかった。
「希ちゃん…?なに…これ…?」
絶望、それが私の感情を表すのにぴったりの言葉だろう。たった三ヶ月程度、三ヶ月毎日のように顔を合わせて同じ職場で働いてたまに二人で飲みに行ったりして、その程度の仲だ。今までだって何人もの仲間が私の元から去っていった。もうあの子たちには会えないだろう。希ちゃんだってその中の一人なんだ。違いなんて生きているか死んでいるかそれだけだ。それだけだ。
気が付いた時には、希ちゃんを強く抱きしめていた。強く、絶対に離れないように、強く、強く。既に希ちゃんの脈は無かった。心臓の音も、息を吸う音も、私を呼んでくれる元気な声も、もう聞こえない。
「加澄…もう死んでるよ」
私たちの真横で立っている将人はそう言った。いつもと変わらない声色に、私が覚えたのは怒りだった。抱きかかえていた希ちゃんを優しく降ろした直後、勢い良く将人の胸倉を掴んだ。
「なんで!!なんで希ちゃんを!!!!」
そこからずっと将人を罵り続けた。それを黙って聞いている将人を憎くみ恨み呪いたかった。生まれて初めて殺意という感情を持った気がする。私の熱が冷めて静まった頃に将人が言った。
「仕方のないことなんだ。彼女は間違えてしまった」
私はその場に蹲った。疲れて立っていられなかった。私も将人に殺されるんじゃないかと恐怖もあった。けど、希ちゃんと殺されるならいいと思った。
だけど将人は殺すでも殴るでもなく、ただただ私を抱きしめた。将人の体温と返り血の冷たさが気持ち悪かった。少し経った後に将人は私の耳元で囁やいた。
「加澄と出会えて本当に良かった。今までありがとう」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
*****
「私が覚えてるのはここまで。その後は事情聴取とかカウンセリングとか関係ないことよ」
語り終えた夜崎さんはどこか遠くを眺めていた。頬には大きな水滴が流れている。
「そんな残酷な事件だったなんて…」
「あのファイルはあくまで概要だけをまとめたもの。人々の感情は記されてない」
麻樹も湖山も、さっきまで騒いでいたのが噓のように俯いている。俺はあの日のことを思い出していた。あの子の死を受け入れた時の苦しさを、夜崎さんも感じたんだろう。
「なにしんみりしてんのよ。もうだいぶ前の話なのよ」
雰囲気を壊す明るさを見せる夜崎さんは、被り物の、空元気を感じさせる。大切な人の死はいつまでも自分を苛み続ける。夜崎さんだって俺と同じように、仮面で偽ってるだけなのかもしれない。
「まだ終わってないでしょ。まーちゃんのこと話さないと」
夜崎さんの頬にはまだ水滴の痕が残っている。
「加澄さん、辛いことを思い出させてすいません。これ以上は別の日に…」
「私は大丈夫よ。ここまで話したもの、聞いてもらわないと」
湖山は気を遣って聴取を終わらせようとしたが、夜崎さん自身が続けることを希望した。
「でも、学生さんはもう寝ないと駄目ね」
そう言われて、俺と麻樹は時計を見た。俺たちの視線の先にある時計は、短針が3を指していた。つまり午前三時、普段ならスースーと寝ている時間だ。
「ここから先は彩人くんに聞いてもらうわ。お二人は帰りなさい」
「でも、私たちだってお父さんのこと…」
夜崎さんの言葉に本気で焦って反論する麻樹。夜崎さんのいうことも一理ある。既に明日の授業はほとんどを寝て過ごすことは確定だが、これ以上は成長期の俺たちの身体に害をなすだろう。
「麻樹、帰ろう」
それにこの先の話は俺たちに聞かせたくないこともあるのだろう。夜崎さんの配慮を無駄にはしたくない。
「うん…分かった」
麻樹も分かっていたようで、案外すんなりと聞いてくれた。
「ねえ将也くん。ちょっと来て…」
その直後に夜崎さんに呼ばれたので、俺は彼女の元に駆け寄った。すると…
「楓葉歩に気をつけて」
そう小さく耳元で囁いた。聞いたことのない名前に俺は戸惑ったが、きっと夜崎さんからの忠告だろう。その言葉がしばらく俺の頭を悩ませることになる。
「ありがとうございました」
麻樹と共に一言お礼を言ってドアに手をかける。すると…
「二人とも、全部終わったらまた来てね!!」
夜崎さんは笑顔で見送ってくれた。だが開いたドアは待ってくれず、返事を返す前にパタリと閉じてしまった。
これにて夜崎さんはバイバイですね
まあまた出てきます。アイツとあんな関係だったり…
新作の方は読んで頂けたでしょうか?まだ読んでない方は是非読んでください・:*+.\(( °ω° ))/.:+




