第四十話:合縁奇縁
Grazie a Dio c'è il destino.
心底父親を見つけたいとは思ってない。もちろん見つけたい気持ちだってある。麻樹にあの事実を知られたくないし、あやふやな父親の生死だって確かめたい。だから出会ってばかりで信用のできない探偵に協力したし、未だに信じられないフィクションじみた事件の内容だって頭に入れた、思い出したくもない記憶だって思い出した。
この時俺が…いや、俺たちが感じていたのは絶望以外の何物でもないだろう。あの時間、あの瞬間、自分で自分の首を絞めていただけだったのだから。こんなことになるならいっそのこと……
*****
確か事件の関係者に話を聞きに行くと聞かされていたはず、間違いなく湖山はそう言ってた。ではそうなのだろう。目の前に所在しているこの華やかで賑やかなお店にその人物がいるん…だよな。ピンク色の外壁にネオンの看板、際どい格好の女性が描かれたチラシ。もしかしなくても俺の想像通りの店だ。
「この風俗店に関係者の方が…」
「お兄、何考えとん…」
俺の横に立つ麻樹が鋭い目で俺を睨む。待て待て待て、なんだその目は。
「やっぱお兄も男やね。仕方ない、妹として見逃してやるか…」
「何言ってんだ、俺はこういうの興味ないぞ」
ここで必死に反論するのはかえって逆効果だ。であらば、呼吸を整わせて動揺を悟られないように平静を装って反論する。これこそが真の”大人の対応”ってやつよ。
「お兄バレバレ動揺しすぎ。何が大人の対応よ。キモッ」
「なっ、ど、動揺なんてしっし、してねえしぃ」
自分でも分かるほどに焦っている。ってかなんで心の声聞こえてんだよ。いくら小説だからってやって良いことと悪いことが…待て最後なんて言った?
「そもそもお前なぁ、人に対して高圧的だぞ。いい加減直せよ」
「はぁ!!お兄やっていつも(略)」「それを言うなら俺だって(略)」
一度俺たちがこの状態に陥ってしまえば母さんであろうと止めることはできない。
「あの、二人とも中に…」
湖山の微力ながらの仲裁も虚しく、俺たちは言い争いを続ける。おそらく今の俺たちに湖山の声は届いてない。
するといきなり、華々しい外見のお店には不似合いなアンティーク風の扉が凄まじい勢いで開いた。その際に発した強烈な開扉音で俺たち三人は一斉に静まった。
「なに店の前で騒いでんだ!今日は休業だって書いて…」
「お久しぶりです、加澄さん」
お店から出てきた人物に湖山は久しぶりに会うようで、手短な挨拶を済ませた。その人物はチャイナドレスを着ていて目を疑うほど綺麗な人だった。艶やかな茶色の長髪がより一層美貌を輝かせ、誰しもが目を奪われてしまう、この人こそ魔性の女に相応しい美貌を持っている。
「もしかしてこの子たちが、まーちゃんの?」
「そうです。将也さんに麻樹さんです」
湖山が俺たちを紹介すると、加澄と呼ばれた女性はこちらを見て言った。
「確かに、まーちゃんに似てるわね」
少し見つめた後、加澄さんは俺の前まで迫ってきた。俺は慌てて挨拶をしようとした。
「こんばん…」
しようとした。だけど言い終える前に加澄さんは俺の顎をクイッと優しく持ち上げた。これがいわゆる顎クイってやつだ。
「へぇ…かわいい子ね」
「ふぁ⁉」
今の俺の心情は絶対に言葉にできない、顔が熱くなって頭が真っ白になった。なんだ…なんだこの感覚…?
「あら麻樹ちゃん、そんな怖い目で見ないで。あなたも後で可愛がってあげるから」
「ンッ⁉」
どうやら麻樹も同じようなことをされているようだ。これが魔性の女の魔力か…
「加澄さん…いいですか?」
「ごめんね。いいわよ」
湖山が止めてくれたおかげで、これ以上被害が出ることはなかった。だが俺たち兄妹には充分すぎるほどだった。
「二人とも聞いてください。この人は夜崎加澄さん。例の事件の関係者です」
ちょっと待ってくれ。真っ白になった頭にはなんの情報も入って来ない。
「それとねっ、まーちゃん、命苫将人と恋仲だったのよ。元カノってところかしら」
その言葉が俺の思考を現実に引き戻した。それは麻樹も同じだった。この人は今、俺たちの父親と恋仲だったと言った。
「お父さんの…元カノ…」
それは偶然であり必然でもある出会いだった。今となってはこの出会いが吉と出たのか凶と出たのかは分からない。ただ一つ、これだけはハッキリと言える。
この出会いが俺たちの運命を大きく変える。
これ本当に恋愛小説…?




