第三十三話:認知的不協和
茶ァ、しばいたるわ
遠ざかる背中に手を伸ばしている。どれだけ頑張ったって届かない、そんなこと分ってるのに。
白いワンピースの少女は届かない程遠くにいる。手を引かれて行ってしまう。
細身の男と手をつないで、どんどんと離れていく。
その少女は、何度名前を呼んでも振り向いてくれない。
手を引く男は、いつもこっちを見てるのに。
*****
父親のことなんて今後一切思い出さないと思っていた。いや、思い出したくなかった。行方知らずの父親にいつまでも囚われたくなかったから。だから麻樹から父親についての情報を、全て遠ざけたつもりだった。母さんだって、きっと同じ考えのはずだ。
けれども、麻樹が気になるのは当然のことだ。中学生にもなれば、周囲との違いに違和感を持つだろう。それとも…結局、命苫の家系はあの男に囚われる運命なのかもな。
父親について思い出していたはずが、いつの間にかこんなことを考えていた。
「お兄ちゃん、いつまで待たせんのよ」
そう言われて、俯いていた顔を上げて麻樹を見つめる。
「なに見てんのよ…早くお父さんのこと話してよ」
あぁ…なるほど。この違和感の正体はこれか。
「お前、外だと訛りないんだな」
右頬に強い力がかかる、同時に激痛。俺の体は勢いのままに倒れる。座ってなければ確実に頭を打ち付けていただろう。恐ろしや…
体を起こすと顔を真っ赤にさせた麻樹が鬼の形相でこちらを睨み付ける。恐ろしや…
「このっ…!!ノンデリ馬鹿ダメアホザコ兄貴!!!!」
罵詈雑言、加えて三発の拳骨が俺を襲う。恐ろし…この恐怖は言葉では形容できんな。
「なんだよ…なにをそんなに怒ってるんだ…?」
正直、なぜ麻樹が激怒しているのかいまいち分からない。なぜ俺がこんな仕打ちを受けなければならない。なにが癪に障ったのだろうか。
すると、突如始まった喧嘩に理解が追い付けていない顔をした、湖山彩人と名乗る怪しさ満点の男が横から入ってくる。
「えっと…麻樹ちゃんは普段、方言で話してるの?」
湖山の言葉を聞いた麻樹は、紅潮していた顔に落胆の色を見せる。
一瞬、俺に鋭い視線を送った後、麻樹はテーブルに顔を伏せた。
「もういやや…お兄の馬鹿」
まさかそこまで思い悩んでいたとは…麻樹には悪いことをしたな。
「だって…訛ってる女子なんて変じゃん…」
麻樹自身、嫌だったんだろうな。周囲との差に苦しんでいたのだろう。
俺は麻樹の肩に手を添えて、謝ろうとした。だが、またしても湖山が横入りしてくる。
「僕は方言喋る女の子、可愛いと思うな」
俺は添えようとした手を寸前で止める。
「かわいい…?」
麻樹は伏せていた顔を上げ、小山を見上げる。それは実に乙女なうっとりとした目で。
「私が…かわいい?」
湖山くん、後でお兄さんと話そうか。そんなこと言ってる暇もなく、二人の雰囲気はどんどん加速していく。兄として妹の恋路を邪魔したくはないが、このまま黙って見ているわけにもいかない。
「ちょっと待てー!!」
ムードを壊されて、またしても麻樹は俺を睨む。後退りたくなるが、ここは耐えろ。
「なに、お兄」
そっけなー…これが娘が反抗期を迎えた父親の心情か…だが、ここで踏み出さなければ道化の名が腐るぜ。
「お、お前らはどういう関係なんだよ!?」
一瞬の静寂の後、麻樹は再び頬を赤らめ、湖山は笑いを堪えていた。
瞬時に理解した。俺はとんでもない誤解を招く発言をしたのだと。誤解を解くのに時間はかからなかったが、後悔はしばらく残っているだろう。
お久しぶりの道化です。前回の投稿から間が開いてました。
最近、某推理ゲームにハマってしまい作業が滞っています。この回も必死の思いで書き上げました。ですがまたゲームが追いかけてきます。次こそは沼から抜け出せなくなります。また暫く投稿がなければ私は喰われたのだと認識してください。一応残しておきます、アイルビーバック…




