第三十二話:彩る人
「命苫家は狂っている」
「命苫家は狂わされた」
「命苫家は」
あの日以来の雰囲気に緊張していた。無津咲に攻め込む直前まで身を留めていたカフェ。あれからもう一ヶ月ちょっと経つ現実が時間の流れは早いなぁと改めて実感させる。
「やっぱりここのコーヒーは絶品だな」
俺はそのカフェの端っこの席で、一人コーヒーを啜っている。この場所は一人でゆったりするのに丁度いい。だが今日はゆったりできないので、それはまた今度だ。
「あの、すいません…」
「うわぁ!!」
一人浸っていたところ、突然声をかけられて大袈裟に驚いてしまう。店内にいたのが俺と声を掛けた人だけで良かった。もし他に人がいたらどんな視線を向けられただろうか…と内心安堵する。
「あの…」
大事なことを忘れていた。即座に顔を下げて謝る。
「あっ…いえ…こちらこそすいません、いきなり」
互いにペコペコと謝罪し合う時間がしばらく続く。何してんだ俺たちは…と我に返ったところで顔を上げて目の前の人を見る。
「えっと…なにか御用でしょうか?」
あぁ、めちゃくちゃ堅苦しい。もっとソフトに接することが俺の今後の課題だな、と臨時反省会を瞬時に行う。
声をかけてきたのはこのカフェの店員さんだ。前に来た時とついさっき、注文を取ってくれたカフェの雰囲気に似合っている店員。外見から判断するに、歳は二十代前後だろう。丸メガネに整えられた長髪は、まさしくインテリ系のイメージを持たせる。
「ここのコーヒー…おいしいですか?」
インテリ店員はコーヒーを飲んだ感想を聞いてきた。シャイな性格なのか、控えめな態度で質問してくる。
「すごくおいしいですよ。偉人が残した名言そをそのまま体現したかのようなコーヒーです」
少しマウント気味な回答だったなと、二度目の臨時反省会。一時期、気を紛らわすために無駄な知識を詰め込んだので、たまに高飛車な発言をしてしまう。反省反省。
「良いコーヒーとは……ってやつですよね!!自分もそれを聞いてコーヒーに興味を持ったんですよ。そう言ってもらえると嬉しいです」
インテリ店員は興味のあることへの情熱が止まらないタイプだろう。それはいいとして、てっきりマシンで淹れてるのだと思っていたが、店員自ら淹れていたのか…
「誰が言った言葉でしたっけ…?シャルル…えっと…」
「あぁ、それなら確かシャ…」
「シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール。1754年から1838年を生きた政治家ね」
またも突然入ってきた声に驚く。今度は二人同時に。だがその声には聞き覚えがあり、姿をハッキリ見なくても誰だかすぐに分かる。
突然の乱入者の正体は、今日このカフェで待ち合わせをしていた麻樹だ。
「…てか、何してんの?」
当然の質問だろう。だが俺自身も何をしているのかサッパリだ。
「あぁ…店員にコーヒーの感想を聞かれたから答えてたんだ」
インテリ店員は麻樹を見て手を振る。さっきまでの態度とは打って変わって随分と馴れ馴れしい。
「もしかして、二人とも知り合い?」
「いや…ちょっと気になったから話しかけたんだ。もしかしたらこの人がって思って」
ん、えっ?麻樹もなんでそんな気さくな感じで話してるんだ?この混沌とした状況は、俺の脳みそでは理解しきれない。
「あっ…そういえばお兄ちゃん、言ってなかったね」
「はっ…?何を?」
その瞬間、俺は全てを悟った。麻樹にだけ馴れ馴れしいシャイな店員と、彼と気さくに話す妹。そう判断するには十分すぎる証拠だ。どうしよう母さん…やっぱり排除するべきかな。
「まさか麻樹、こいつ…」
「|そっ、この人は湖山彩人さん、探偵なの」
おう、やっぱりこいつが彼氏…探偵か。
「どうもこの度は、親探しのご依頼ありがとうございます」
…探偵!?!?さらに複雑になった状況に俺の頭はとうとうショートしてしまった。
「それじゃ、お兄ちゃん聞かせて。お兄ちゃんが知ってるお父さんのこと」
分かってる…けど一回整理させて。そして落ち着かせて。
このインテリ店員が探偵で、麻樹は探偵と一緒に父親を捜してて…それで…いくら整理しても理解が追いつかない。この状況についても、この違和感についても。
*****
力強く打ち続けたせいで、エンターキーの反応が悪い。どいつもこいつも僕をイラつかせる。
「なんでだよ…なんでないんだよ!!」
憂さ晴らしにデスクに置いていたプラスチック製のコップを投げる。投げた先にはごみ箱が置かれ、コップと衝突して中のものが散乱する。
「クソクソクソクソ!!!!!!なんなんだよ!!」
パソコンに表示されている文字列の中に、男が求めている情報が見つからない。否、納得のいかない情報が事実だと認めたくなくて、現実逃避をしているだけである。
無駄に怒り、疲れた男はベッドに横たわる。一枚の書類を下敷きにしていることに気づき、上体を起こし書類を手に取る。
それを見て男は目を見開いた。そこには男が求めている情報に近づけるかもしれない、一文が書かれていた。
【命苫将人は二児の父親。※詳細は別紙にて】
男には運命の歯車が動き出す音がハッキリ聞こえた。
なんだかホラーっぽくなっている気がする…
それにインテリ系の人は結構好きです。
おっと、誰か来たようだ。こんな時間に誰だ…




