第三十一話:言わぬが花
Catena negativa
なにせ当時は物心もついてないくらい小さかった。だから覚えてないものだと勝手に考えていた。俺自身、三歳の頃の記憶なんて一切覚えてない。きっとあの衝撃が、幼心に傷をつけたんだろう。
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「おかえり、麻樹」
日を越す数分前、音を立てないよう慎重に玄関を開けて、麻樹が帰って来た。今日はいつもより帰りが早い。
「ただいま、お兄…起きとったんだ」
「まあな。母さんはもう寝てるよ」
ついさっきまで心配で眠れないと言って起きてたが、明日は仕事なので無理やり寝かせたばかりだ。
「お兄はお父さんのこと知っとるん?」
父親のことか…覚えてないといえば噓になる。顔も声もほとんど覚えていない。今再会しても誰か分からないかもしれない。それでも一つ覚えてることがある。
「とにかく明日は学校だ。早く風呂入って寝るぞ」
「逸らさんでよ。なんで教えてくれんの⁉」
俺は周囲を見回して、コピー用紙を手に取る。スマホで調べ、近くに置いてあったボールペンでとある場所の住所を紙の端っこに記す。
「明日、放課後ここに来てくれるか?」
麻樹は頭に疑問符が湧いたような顔をする。仕方ないだろ…ゆっくり話せる場所がここしか思いつかなかったんだから。
紙に書かれた住所が示す場所は、無津咲に潜入する直前に訪れたコーヒーがおいしいカフェだ。
長い授業を終え、解放された生徒たちは次々と下校していく。俺はといえば、少々面倒なことになっている。
「なんだよ、先に帰るのか?」
早乙女と公園に行ってからはや一ヶ月が過ぎ、それ以来、学校では平穏に過ごせていた。
「でも、どうしたんだよ?」
「理由は気になるな」
いつも二人と、その後早乙女と合流し帰ってるので断りなしに帰るのは非常識だろう。なので、先に帰りたいと告げたのだが、その途端に葉山が目をキラキラさせて問い詰めてくる。早乙女はここまで言及しなかったのに…
「やっぱりできたんだな…」
「おめでとう命苫。応援するよ」
な…何を言ってるんだ?これから妹に大事な話をしなければいけないんだが…
「将也にも、春が来た」
「楽しめよ命苫」
なんだかとんでもな誤解をされてらっしゃる。
「やっぱり早乙女さんか。いつも二人で帰ってるもんな」
「ちげーよ。残念ながら俺に春は来てないな」
早乙女とはそういう関係には達していない。お互い、信頼はあっても好意はない。それに昔の幼馴染と重ねてる奴なんて向こうがお断りだろう。
「妹と約束があるんだ。珍しく予定が合ったからさ、行かないと」
「そっか…兄妹いたのか。そりゃ行かねえとな」
あれ…?なんか変な空気になってる気がする。二人がいつもより優しく接することに違和感を覚える。二人が俺を見つめるので、手を持ち上げて自分の顔を触る。瞬時にこの空気感の原因を理解した。
うまく笑えてない。口角を上げてるつもりだったのに、いつもと変わらない形の唇がそこにはあった。
「あ…これは…心配する程でもねえよ」
自分でも分かるくらい不自然な笑顔が張り付いている。不安なんだ…麻樹に父親のことを話すのが。
「無理強えはしねえけどさ、言ったろ。話くらいは聞けるって」
なんか、俺だけ励まされてるな…友達っているだけでこんなに心強いんだなぁ。
「命苫、あんま頑張りすぎんなよ」
二人にも…ちゃんと話せる日が来る。それまではこの言葉に頼っていいんだ…
「いつもありがとな。もう大丈夫、吹っ切れたよ」
今度はいつも通りの自然的な素の笑顔。二人の表情も少し柔らかくなっていた。
*****
「なるほど~…結構壮絶な事情があるのか…」
カーテンを閉め切り、日の遮られたせいで薄暗い部屋で、男は力強くキーボードを叩く。
デスクの上には、積み上げられた書類と一つの写真立てが置かれている。男は積まれた書類の山から何枚かを引っ張り出す。多少床に落ちたがそれを気にせずに作業を続ける。
「もうすぐ見つかるからね…彩子…」
男はエンターキーを叩いた。強い感情が籠った、長細く骨骨しい中指で。
パソコンの画面に映し出された文字を確認して、男は一枚の書類を手に持ったままゆっくりと立ち上がる。しばらくの間、上を向いて小さく笑っていた。その直後に男はその場に倒れ込んだ。
男が持っていた書類は宙を舞ってひらひらと蝶のように倒れた男の背中に落ちる。
【命苫将人について】
その書類にはその人物の詳細が書かれていた。
夏休みに夕凪の幻を確かめに行くのが決まったけど、それまでやることなかったんで急遽、命苫父編をやろうと思います。無津咲みたく長編になる気がするんで楽しみにしててください。
なんか今回真面目にやったんで最後にふざけます
オーーーーガニズム!!!!!!!
別に変な意味じゃないですよ




