第三十話:争点
『時間が和らげてくれぬような悲しみはひとつもない』
マルクス・トゥッリウス・キケロ(B.C.106~B.C.43)
よく夢を見る。
あの子が戻ってきて、またあの時みたく遊び回って泥だらけになって、そうして夕焼け小焼けを聞きながらあの公園で夕日を眺める。日が沈んだ後は決まって明日香は抱き着くんだ。耳元で何か囁いて、でも何も聞こえなくて。それでふと気付くんだ。これは夢で、こんなことは起こりえないって。そうしたら抱き着いていた明日香は突然いなくなる。その代わりというように、俺の手を冷たいなにかが握る。俺はそれが凄く怖くて、嫌で、離したくなかった。いつもはそこで目が覚める。覚醒した後も、手に冷たさがハッキリと残ってる。
でもこの日は違った。見てしまったんだ。手を握っているなにかを。後悔した、すごく後悔した。そのなにかは手だった。機械みたいに冷たく、リンゴみたいに赤い手だ。絶対に離したくない、離せない手。
そこで場面は切り替わる。俺は横断歩道に立っている。隣には俺の手を握る明日香がいる。どうしてこんなとこにいるのかって明日香に聞こうとしたら、瞬間に、明日香は消えてしまう。それと同時に前後に誰かが現れる。俺の知っている誰か。その二人には首から上が無い。それでも誰だか分かる。だってこいつらへの怒りは、憎しみは、いつどんな時も、忘れたことはないのだから。
*****
カーテンの隙間から入る朝日に照らされ、俺は目が覚めた。といっても二度寝するので、寝返りを打って布団にくるまる。
眠りの時間だってあの子のことを考える。今まではそうだった。最近は憎々しいあいつらのことまで考えてしまう。
俺から大切なものを奪った奴、俺たちを裏切り捨てた奴。もし近くにいるなら、何としてでも報いを受けさせ、殺してやりたい。でも俺にそんなことはできない。そんなことしたら、あの子は、俺の大事な人たちは悲しむだろうから。
今日は休日だ。ゆっくり体を休めることができる…そう思っていたのに。
「だから、いちいちうるさいんだっての!!」
うるさいのはあんただ。何を朝っぱらから叫んでるんだ。こんな騒音の中寝れるわけもなく、俺は仕方なく起きる。そのまま洗面台に向かい、顔を洗って歯ブラシを咥える。騒音さえなければ優雅な朝なのに…と思いながらリビングに向かう。
「いい加減にしなさい!!」
俺が足を踏み入れたと同時に怒声が飛ぶ。その声のでかさに体を竦める。
「あんたいつまでこんなことする気なの⁉︎毎日毎日何時まで遊んでると思ってんのよ⁉︎」
あぁ…またか。母と妹がけんかしてる。その原因は明らかだ。
「素行不良で学校から何度も電話来てるんだから、そろそろ直しなさ…」
「お母もお兄も、なんも知らんなら黙っててよ‼︎」
この家のけんかといえば、母がずっと怒ってるだけで麻樹が反論することは少ないのだが、今回は珍しく反発してるようだ。だが、珍しくも稀な麻樹の主張は反発というより、助けを求めるニュアンスを帯びている感じがした。
麻樹に声をかけようとした俺は、それを目にして言葉に詰まった。
「本当は全部…知ってるくせに…」
その一言と共に、麻樹の頬に一滴の雫が垂れた。頬の感覚が伝わったのか、それを隠すように麻樹はリビングを飛び出た。
「それで、また母さんが突っかかったの?」
「そうよ…将也、あの子が夜な夜な何してるか知ってる?」
何を今更。あの年の子なら夜遊びが定番だろう。
「それが違うのよ。だから気になって付いて行ったら…」
なんだ…?まさかそっち系のに手を出しているのか…
「調べてるのよ。あの人のこと。」
俺はまたも息を呑んだ。今になって麻樹が調べてることも驚いたが、それよりもそいつの名が母の口から出るとは思っていなかった。
「麻樹は…覚えてるのか…?」
これは危惧すべき事態だ。もし麻樹が真実を突き止めれば、あいつに多大なるショックを与えかねない。
「だから将也からも止めて欲しいの。将人さんのことは調べるなって」
麻樹があの事実を知る前に、必ず止めなければ。なんとしてでも、そうしなければならない。
やっはーーぁ
とうとう出ちゃいましたか。出ちゃいましたよ。
実のところ三章までの構想はできてるんですよ。
楽しみぃぃぃーーふぉぉぉぉぉー!!




